real local 金沢 » コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて【クラウドファンディング】

コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて

クラウドファンディング

2020.07.15

※終了しました。

【クラウドファンディング 終了】
おかげさまで無事目標達成いたしました。皆様ありがとうございました。

コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて
小冊子『そらあるき』

金沢で15年前から発行されている小冊子『そらあるき』が、コロナ禍に際し臨時号を制作します。≫「そらあるき」のreallocal紹介記事はこちら)

「日常生活の変化の中で皆さんが改めて考えている事や疑問に思われている事に繋がっていき、そこから何かを紡ぎ出す為のきっかけの一冊になればと思います」と『そらあるき』編集長・塩井さん。(≫塩井さんのreallocal紹介記事はこちら

現在クラウドファンディング に挑戦中です。いま求められる“物語”の役割とは。募集記事自体が、どしりとくる一編のエッセーのようですので、ぜひご一読いただけたら。

コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて
『そらあるき』編集長・塩井増秧さん。今回のクラウドファンディング でもプレゼンターを務めます。

(※「そらあるき 臨時号」クラウドファンディングのページはこちら↓)

 

(※以下クラウドファンディング 記事本文より一部抜粋)

この時代に求められる“物語”の役目

僕はこういう時代、状況下だからこそ「物語」、もっと広く言えば「紙で書かれたもの」を読むという行為は、以前より重要性が増すと思っています。

話は飛びますが、近代経済のシステムが誕生した18世紀と、「小説」という物語の形式の起こりも時代を一にしています(世界は今のところその最終形態である “新自由主義”と呼ばれる経済システムが席巻しています)。この近代経済には、多くの人が指摘しているように、非常に非人間的なところがあります。その中で上手く居場所を見つけられる人もいるが、かなり無理をしないと生きられない人も大勢います。つまり、毎日に大きなストレスを抱え、かなり異常とも思える労働条件の中で働きながら疲弊してコワレテいく人が大勢いる。でも全体のシステムはそうやって多くの人間をツカイステながら動くことは決して止めない。そういう残酷なものに成り果てているんです。
けれど、私たちはそのシステムの枠からはみ出して生きることはできません。例え、いくら山の中で畑を耕して生活していようが、僕のように西洋骨董屋という社会の周縁部で生活に必要のないものを売っているような人でも、実は立派にその枠の中に組み込まれている。

コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて

そんなシステムの中で生きていくには、どうしても無理が生じてくるわけです。まるでキツキツに締め上げられたネジのように、遊びのないところへ追いやられていくんです。でも人間ですからその部分を「緩める/リリース」しないとまいってしまう。そのネジを少しでも一時でも緩めるひとつの方法として、「物語」や「文学」があると僕は思っています。近代経済の負の部分の解毒剤として「物語」を眺めることもできる。言い換えるなら、非人間的経済システムの中、人として還るべき「故郷」を喪失した状態にある僕たちが、その「場」に還っていくための“手がかり”や“道具”として「物語」がある。しかし、昨今本屋に平積みされているような本の多くは、文学として機能していない、物語のふりをして実は“反物語的”であると感じています。つまり、本当の意味ではそのシステムに対して挑もうとしていない、どこか馴れ合いの臭いを含んでいる。文学はいつの時代も「破壊する者の顔」を具えているはずなのに、今の文学にはそんな気配はあまりないです。

物語を奪う“コンタクトレス”な生活様式

ここに来て今回のような新型ウイルスの世界的感染拡大が起きました。いわゆる「新しい生活様式」では、人と人の接触を極力減らす、コンタクトレスな生活が推奨されています。飲み会やお金の受け渡しひとつとっても、全てオンラインや疑似体験に取って代わられようとしています。この状況は、また別の角度で、僕たちから「物語」を奪うことになると思っています。直接人と人が出会わなければ、「物語」は生まれないからです。実際に飲み屋さんに行って、たまたまそこにいたおじさんと話せば、たわいもない会話から小さな物語が生まれることもあるでしょう。そういった偶発的なものも含めて、コンタクトレスな生活を続けていると「物語」は絶対目減りしていくわけです。古い考えかもしれませんが、人は人と会うことでしか「人らしく」あることは出来ないと思っています。人と会って話す、一人になる、そのオンとオフの繰り返しだと思います。

もともと非人間的なシステムの中で何とか暮らしていた私たちから、僅かながら残されていた「物語」すら、今回のパンデミックは奪おうとしている。こんなとき、僕らはこの状況にもっと憤りながら、かつ「物語」が目減りしていないか注意をしないといけないと思うんです。物分かりの良い顔をしている場合じゃない。

コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて

“失われゆく領域” に一滴でも水を

新型ウイルスも恐ろしいものだと承知しています。けれど、僕が一番恐れているのは、コロナショックをきっかけに変化・劣化していく人間の生活や心の在り方です。長期的に考えたら、こちらの方がよっぽど恐ろしいのではないでしょうか。外見だけは人間に見えながらも、徐々に劣化していつしか別のものに成り下がり、それでもなお“人間”と呼ばれつつただ生きている。恐らく一番恐いのは自分の中にいつのまにか巣食っている「他人」が、それでも自分の一部のように思えてくることです。人間には自分の内面の劣化は見えませんからね、ケガは見えるけど精神の低下は見えない。

今僕たちは小さな冊子を出すことで、乾きゆく大地に一滴の水を落とせたらと思っています。僕たちにできることは小さいことでしかない。でもやることとやらないことの間は大きいと思います。物語や「故郷」が失われていく世の中にあって、そういったものに心を馳せるきかっけになるものを提供したい。僕たち自身が何かすごい物語を紡げる訳ではないですが、この冊子をこうやって色々な方々の協力で作っていくのもひとつの物語かなとも思っています。

コロナ禍を生きていく中で失われがちな物語について考えるきっかけを。/「そらあるき 臨時号」発行に向けて

(※全文は下記のクラウドファンディング ページよりご覧ください)

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URL

https://motion-gallery.net/projects/soraaruki