ニュータウンだからこそ在るもの|元堺市職員・高松俊さん
日本の三大ニュータウンのひとつに数えられる泉北ニュータウン。誕生からまもなく60周年を迎え、新たなニュータウンの在り方が生まれています。その立役者である元堺市職員の高松俊さんにお話を伺いました。

――泉北に留まらず、現在はそのノウハウを活かして京都の洛西ニュータウンなど、各地のニュータウンにも携わられている高松さん。まずは今に至る経歴を教えてください。
東京の大学を卒業後、堺市職員として14年間働いていました。 僕自身が堺市の泉北ニュータウン育ちで、故郷がこれからどう変わっていくのかが気になり、戻ってきたんです。入庁4年目からは、どっぷり泉北ニュータウンの再生に携わっていましたね。OpenA/公共R不動産への転職を経て、現在は合同会社COLTSという会社を立ち上げて、各地のニュータウン再生のお手伝いをしています。
――泉北ニュータウンの再生には、どういった特徴があるのでしょうか。
壊して新しいものを作るスクラップアンドビルド的な再開発ではなく、ニュータウンの既存の良さや豊富な公共空間を活かして使い方を変化させ充足させていく「リノベーション型」の再生を進めてきました。既存の良さというのはハード面だけでなく、ソフト面も含めてです。
ハード面では、大阪府住宅供給公社と連携し、団地の2住戸を1室につなぐ「ニコイチ化」でファミリー向けの90㎡の住戸を作ったり、耐震上問題のない建物や施設は用途を変更して有効活用したり。 ソフト面では、公園の使われ方にも目を向けました。かつて人口が過密だった時代は利用制限も多かったのですが、時代が変わり空間にゆとりが出てきた現代に合わせて、例えば防災の一環でキャンプを試行するなど、行き過ぎた制限をなくして住民がより自由に活動できるよう様々な社会実験を行いました。
――大蓮(おおはす)公園にある「旧すえむら資料館」も素敵にリノベーションされていますが、こちらも再生の一環だったのでしょうか。
そうです。当初は老朽化が進み、解体する方針で進んでいたのですが、待ったをかけました。 あの建物は日本を代表する建築家・槇文彦さんの設計なんです。壊してしまってはいつまでたってもニュータウンに歴史が残らない。これからはまちとしても歴史や文脈を継承していくためにも、なんとか保存・活用する方針へ転換できるよう尽力しました。
この活用方針が決まったときには、槇先生の事務所へ直接ご挨拶にも伺いました。これからの方針をご報告すると同時に、つくり手の想いを聞きたかったんです。既存のものを活かすには、単に残すだけでなく、つくった人の思想を理解することが不可欠だと考えています。槇先生は当時の建築専門誌でも「将来はコミュニティミュージアムに発展してほしい」と語られており、その想いを現代に合わせて再解釈し、活用へとつなげることができました。現在は私設図書館、ミュージアム、カフェ、植物屋さん、レンタルスペースなどで構成されて活用されています。




――リノベーション型のニュータウン再生を象徴するような建築ですね。ソフト面で注力したことについても聞かせていただけますか。
ニュータウン再生で何よりも重要だと考えていたのが、住む人たちのコミュニティづくりです。コミュニティが醸成されやすいのも、低層の住宅群でつくられたニュータウンの大きな魅力だと捉えています。人が出会える場を意識的に増やすための取り組みの1つとして「昼間人口の増加」を目指しました。働く場所が圧倒的に足りなかったので、“住むだけ”の街からの脱却を目指し、商いの生まれる場所を増やしていったんです。そうすることで、売り手と買い手のコミュニケーションも自然と生まれていきます。
――リノベーションと聞くと、建物などハード面に着目してしまいがちですが、むしろ地域コニュニティといった人と人の関係性こそがニュータウンの良さで、その良さを残していこうと心がけたのですね。ニュータウンでコミュニティが醸成されやすいのはなぜでしょうか。
1つは「近隣住区論」に則ってまちがつくられているからだと思います。近隣住区論はでは、小学校を中心に校区を地域の単位としているのが特徴です。必ず校区ごとに学校や商店街があって、地域の集会所や自治会館では、子ども会、自治会、老人会などの活動も活発でした。そして、それらが一堂に会するのが校区の夏祭りでした。面白いのは、この夏祭りも校区ごとに日程をずらして開催されていたので、他の校区の夏祭りにも遊びに行けたんですよね。
――各地域の中心に小学校があったということですね。一般的なまちであれば、校区のエリアが整形に整っておらず、1単位とするには難しそうですが、ゼロからつくりあげたまちだからこそ実現できることですね。
ここまで泉北ニュータウンの取り組みについてお聞きしましたが、高松さん個人が思う、ニュータウンの一番の魅力は何でしょうか。
子どもの頃の通学路だった歩行者専用道の「緑道」ですね。通学にはみんな緑道を通るので、帰りも「学校でバイバイ」ではなく「家まで一緒」なんです。もちろん地域の人も当たり前に使いますし、車も通らない。あの絶妙な道幅も良さだと思っていて、すれ違う時に自然と挨拶が生まれますし、「見守り機能」も働いて安心感があります。この緑道の空間はものすごく豊かでしたね。自分が子育てをするようになり、その魅力をより強く実感しています。

ニュータウンは高度経済成長期の住宅不足を補う目的で作られましたが、道路をはじめとする生活の共用部が本当にしっかりつくられています。こうした緑道空間は他の都市ではなかなか真似できない、海外に誇れる素晴らしい事例だと思っています。
――道が地域の人をつなぐような場になっていたのですね。近隣住区論の話も踏まえて、この緑道を介して顔見知りの関係が生まれていくのが想像できました。もう少し暮らしの部分にも踏み込んだお話も聞ければと思います。ニュータウンと言えば「団地」も重要な要素ですよね。
ニュータウンに多く見られる中低層の団地に住んでいると、住人同士の距離感が近く感じられて温かみを感じるんです。これは「エレベーターがないからこそ」の恩恵かもしれません。みんなが階段で移動するため、踊り場ですれ違う機会が増え、自然とほどよい距離感の関係性が生まれていくんですよね。部屋にいても、階段を上り下りする足音で「あ、誰々が通っているな」と分かったりします。子どもの足音は特に分かりやすい(笑)。すれ違いざまのおじいちゃん、おばあちゃん同士のちょっとした会話も温かい気持ちになります。
――その関係性は羨ましいですね。私自身、エレベーター付きのマンションに住んでいるのですが、他の住人とエレベーターに乗るタイミングが被りそうになると、郵便を確認するフリなんかをしてタイミングをずらしてしまいます(笑)
わかります(笑)一般的なマンションでは住戸までエレベーターで直行し、誰とも会わないことが良しとされがちですが、団地は違います。また、階段室は屋外とつながっているため息苦しさがなく、敷地内の緑を眺めながら移動できるので、階段の昇り降りも苦になりません。ちなみに、団地に5階建てが多いのは、地上から視線や会話が交わる高さの限界が5階と言われていることも一つの理由からなんです。「1階で遊ぶ子どもを、上階からお母さんが見守る」という光景はまさに団地らしく、僕自身、今も団地に住んでいますが、その風景は今も変わらず残っています。

――住戸の内部にも、団地ならではの特徴はありますか?
一般的な45㎡の団地はマンションによくある細長い長方形の間取りではなく、正方形に近い形状をしているのが特徴です。そのため、室内に廊下がほとんどいらない効率的な間取りになっています。一般的には部屋ごとのプライバシー確保が重視されがちですが、団地に魅力を感じる人はそうでないことが多い気がします。部屋が分かれていても家族の気配を感じられることを心地良いと捉え、自然とリビングにみんなが集まるような暮らし方を好む方にぴったりだと思います。
【高松さんの思いのこもったリノベ済団地住戸が販売中!】
高松さんが代表を務める合同会社COLTSが手掛けた、団地の一室をリノベーションした住戸が現在販売中です。物件は金剛ニュータウンに位置し、駅からも徒歩5分圏内。金剛駅前は再開発も発表されており、今後さらなる利便性の向上が期待されるエリアです。団地ならではの良さをそのままに、設備と機能面は現代に合わせてしっかりアップデート。内装には自然素材がふんだんに採用され、温かみのある仕上がりになっています。物件の詳細や内覧のお問い合わせは、以下の「大阪R不動産」ウェブサイトよりご確認ください。

田舎育ちだった自分にとって、「ニュータウン」という言葉は知っていたものの、普通の街とどう違うのか最初はピンときていませんでした。しかし今回、高松さんにお話を伺い、小学校区を1つの単位としてコミュニティが育まれていることや、「緑道」という歩行者専用の豊かな空間があることなど、ゼロから計画的に作られた街だからこその魅力を深く知ることができました。さらに泉北ニュータウンでは、そうした本来の良さを活かしながら、現代のライフスタイルに合わせたアップデートが進められています。温かい地域コミュニティや、自然豊かで落ち着いた住環境を求めている方にとって、この泉北ニュータウンの在り方は、今まさに求められているものではないでしょうか。これまでニュータウンに馴染みがなかった方も、ぜひ今後の住まいの選択肢の1つとして検討してみてください。















