【鹿児島県南九州市】土地に紡がれてきたものをリデザインし、予期しない「あそび」が生まれる風景を / 一般社団法人アソビシロ 原本太郎さん
南九州市頴娃町を拠点に、公園運営や地域づくりに取り組む『一般社団法人アソビシロ』代表理事の原本太郎さん。番所鼻自然公園「bandpark」をはじめ、行政や地域と関わりながら、空間とコミュニティの両面からまちに向き合っています。そんな原本さんの原点をたどりながら、現在の活動につながる考えや大切にしていることを聞きました。

風景を考えることから、地域の中へ
鹿児島市で生まれ育った原本さんは、大学進学を機に上京しました。
子どもの頃からものを組み立てることが好きで、大学では建築や土木、都市計画などを学びました。その中で関心を持ったのが「景観」でした。
「人が『いいな』と感じる空間には、何があるのだろう。なぜ、そう感じるのだろう。そんなことを考えるようになりました」
目の前にある風景を、ただ「きれい」で終わらせるのではなく、なぜそう感じるのか、その背景には何があるのかを考える。
原本さんは景観について学びながら、地域や都市そのものにも関心を広げていきました。
大学卒業後は、東京の建設コンサルタント会社へ。公共空間のデザインや地域活性化、観光振興など、全国各地の都市や地域に関するプロジェクトに携わりました。
そこで専門的な知識や行政との仕事の進め方など、多くのことを学びました。
一方で、仕事を続けるうちに、ある違和感も生まれていきました。
東京から地域へ向かい、資料を読み、人の話を聞き、計画をつくる。できる限りその土地について理解しようとしても、自分自身がそこで暮らしているわけではありません。
「本当にこれでいいのだろうか、という感覚があったんです。現地で人の話を聞き、さまざまなことを調べながら計画をつくっていました。でも、自分はその地域のことをどこまで理解できているのだろうか、という違和感がありました」
地域のことを考えるなら、実際にその中に入り、そこに暮らす人たちと一緒につくってみたい。
そんな思いが少しずつ強くなり、原本さんは会社を離れ、鹿児島へ戻ることを決めました。

空間とコミュニティを組み合わせ、本質を見極める
鹿児島へ戻った原本さんは、県内各地で地域づくりに取り組む一般社団法人テンラボに所属します。
そこで出会ったのが、人と人との関係から地域の未来を考える「コミュニティデザイン」でした。
それまで原本さんが専門としてきたのは、空間や都市をどうつくるかという「空間デザイン」。
そこに、人やコミュニティという新たな視点が加わります。
「もともと専門にしていた空間のデザインと、テンラボで学んだコミュニティデザイン。その両方を、外と内からセットでできたら面白いなと思ったんです」
テンラボでは、鹿児島県内のさまざまな地域に入り、地域で活動する人たちの相談に乗ったり、対話の場をつくったり、会議やワークショップの進行を担ったりしてきました。
地域で何かを始めた人たちが、どこでつまずいたのか。人と人の間でどんなことが起きたのか。それでも、どうやって活動を続けてきたのか。
県内各地の実践者から成功も失敗も含めた話を聞く中で、原本さんは、プロジェクトを進めるためには計画や空間だけではなく、そこに関わる人同士の関係も大きく影響することを実感していきました。
その中で意識するようになったのが、「本質を見極める」ということです。
「本質を見極めるって、やろうと思ってすぐにできるものではないんです。でも、いろいろやっていった先で、『やっぱり、ここだったよね』と触れられる瞬間がある。それが楽しいんです」
目の前で起きていることだけで判断せず、その奥に何があるのかを考える。
そして、そのために欠かせないのが対話でした。
話し合いの場だけではなく、普段からどのように人と関係をつくっていくのか。その積み重ねも含めて、原本さんは人と人との関係について考えるようになっていきました。
空間だけを見て計画するのではなく、そこに関わる人たちの声を聞き、関係性にも目を向ける。
建設コンサルタント時代に培った空間を見る視点に、テンラボでの経験を通して、人や関係を見る視点が加わっていきました。
その両方を実践できる場所を探す中で、原本さんは現在拠点を置く南九州市頴娃町とつながっていきます。

完成形を決めず、実践を重ねた先に生まれるもの
南九州市は、知覧・川辺・頴娃の3つの地域からなる人口約3万人のまちです。
その中でも頴娃町は、市内最大の農業地域。約9,000人が暮らす一方、他の地域と同様に人口減少や担い手不足などの課題を抱えています。
そんな地域のこれからを考えようと、長年活動を続けてきたのが「NPO法人頴娃おこそ会」(以下:おこそ会)です。
地元有志による活動を母体に2005年に立ち上がり、2007年にNPO法人化。
「跡継ぎのいるまち」
「U・Iターンを迎える空気感を持つまち」
を掲げ、町内のさまざまな業種の人たちが関わりながら活動してきました。
特徴の一つが、テーマごとにプロジェクトを立ち上げ、行政や既存団体、公民館、自治会などと連携しながら実践を重ねてきたことです。
農業観光、空き家再生、パークマネジメントなど、その領域はさまざま。
空き家再生から飲食店やゲストハウス、シェアハウスが生まれたり、公園での社会実験からカフェやキャンプ場、公園のリニューアルへと発展したり。
小さなまちおこしの活動から、継続的な事業へ。
そして、その担い手として地域おこし協力隊(以下:協力隊)制度などを活用して移住してきた新しい世代も加わり、頴娃では少しずつ次の動きが生まれてきました。

原本さんも、その一人です。
空間とコミュニティの両方に関われる実践の場を探す中で頴娃との関係が生まれ、地域で仕事をしていく方法を考えた先にあったのが、協力隊という選択肢でした。
「協力隊になること自体が目的だったわけではありません。やりたいことを実現する方法を考えていった結果、たどり着いたのがこの制度でした」
2021年、原本さんは南九州市地域おこし協力隊として頴娃町へ移住。おこそ会に所属し、「パークマネジメント」をテーマに活動を始めました。

そこで主に関わることになったのが、番所鼻自然公園です。
こちらの公園では、おこそ会のメンバーをはじめ、地域では10年以上にわたって公園をよりよい場所にしていくための活動が続けられていました。
原本さんも、そうした地域での取り組みを引き継ぎながら、活動を進めていきました。
「地域の皆さんと、公園がどのような空間であるべきかを話しながらグランドデザインを描いていきました。建物だけではなく、風景も含めた空間全体をどうリデザインしていくのか。事業だけでなく、地域の担い手やコミュニティがどうなっていくのかも意識していました」
空間を変えるだけではなく、その場所に関わる人や地域のこれからまで考える。
原本さんがそれまで培ってきた「空間デザイン」と「コミュニティデザイン」の両方を実践する取り組みが、ここで一つの実践として重なっていきました。
その一つが、キッチンカーが集まる「絶景ごはん」です。
最初から完成した公園の姿を決め、それに向かって整備するのではなく、実際に場所を使いながら、そこにどんな過ごし方や関係が生まれるのかを確かめていきました。

絶景ごはんを続けていると、当初想定していなかった時間も生まれました。
そんなある冬の日。雪がちらつくほど寒く、来場者もまばらだったといいます。
「時間ができた出店者たちと一緒に始めたのが、モルックでした。それが、すごく楽しかったんです。イベントであれば、多くの人が訪れ、出店者の売上につながることも大切です。でも、それだけが場の価値ではないと考えています」
景色を眺めながら過ごす。そこにいる人同士で遊ぶ。予定していなかった会話が始まる。
人の数や売上だけでは測ることのできない時間が、その場所には生まれていました。
地域が長年積み重ねてきたものを引き継ぎながら、実際に場所を使い、そこで起きることから次を考える。
そうした実践を続ける中で、番所鼻自然公園のこれからの姿も少しずつ描かれていきました。


地域とともに、100年後も語り継がれる風景をつくる
番所鼻自然公園での取り組みは、その後、本格的な公園づくりへと進んでいきます。
公園をどのような空間にしていくのか。風景をどう生かし、誰がその場所を担っていくのか。より具体的な姿を描いていきました。
そこで共有されていったのが、
「100年後も語り継がれる風景づくり」
というビジョンです。
過疎化や少子高齢化が進む地域では、公園を維持していくこと自体が難しくなっています。施設は古くなり、管理する人も減っていく。
一方、地域には自然や風景、文化、人の営みなど、その土地だからこそ残っているものがあります。
それらを生かしながら、かつての風景をそのまま取り戻すのではなく、今の時代に合った新しい形で次の世代へつないでいく。
原本さんたちは、公園の空間だけを整えるのではなく、社会実験や地域の人たちとの対話、空間づくり、情報発信などを重ねながら、公園の外にいる人や地域とのつながりも含めて、そのあり方を考えていきました。

そして2023年6月、番所鼻自然公園の新しい愛称として発表されたのが、
bandpark -バンドパーク-。
「特別な風景を、100年後も語り継いでいけるように」
「子どもや孫の世代にも親しんでもらえるように」
そんな思いをもとに、地元住民と移住者が一緒になって話し合いを重ね、生まれた名前です。
「band」には、団結や小さな集団といった意味があります。公園を中心にさまざまな人がつながり、それぞれの活動や営みが重なっていく。その姿が名前にも込められています。
bandparkとして歩み始めた公園には、少しずつ新しい風景が加わっていきました。
2024年4月には、スペシャルティコーヒーと目の前に広がる風景を楽しめる「イソヒヨコーヒー」がオープン。

そして2025年8月には、エントランスゲートやボードウォーク、モルック広場などの整備を経て、公園全体がグランドリニューアルオープンしました。同時に、ツリーハウスのあるキャンプ場「ソナレの森」も開業しています。
「地域の皆さんと、公園がどのような空間であるべきかを考えてきました。今あるこの空間を最大限楽しめるような事業やサービスを提供できるように、試行錯誤しているところです」
アソビシロでは、カフェやキャンプ場の運営にも携わっています。
そこを訪れる人がどう過ごすのか。地域の人たちがどう関わるのか。運営しながら試行錯誤を重ねることで、新しい使われ方や関係が生まれていく。
bandparkは現在も、そうした変化を受け入れながら育っている公園です。

2025年度には、bandparkの取り組みがグッドデザイン賞を受賞しました。
評価されたのは、その土地にある自然や景観を生かしながら、地域、行政、事業者などが関わり、公園を使い続けていく仕組みまで含めた取り組みです。
こうしてbandparkの取り組みを続けてきた原本さん。その実践の中で大切にしてきた考えの一つが、「あそび」です。
公園にもっと「あそび」があってもいい。
人にも、空間にも、決めすぎない部分があってもいい。
その考えは、原本さんが立ち上げた「アソビシロ」という法人の名前にもつながっています。
では、原本さんが考える「あそび」とは、何なのでしょうか。

「あそび」と「余白」から、風景をつくる
原本さんがアソビシロを設立したのは、協力隊として活動していた2023年。
公園での取り組みを続けていく中で、協力隊の任期終了後も事業を継続していくための組織として立ち上げました。

その名前には、原本さんが大切にしている考えが表れています。
「公園だから、もっと『あそび』があってほしいと思ったんです。それは公園だけではなく、まちや人にも、もっと遊びがあっていいと思っています」
原本さんにとって「あそび」は、決めすぎず、余白を残しておくことにもつながっています。
最初からすべてを決めるのではなく、誰かが関わったり、予想していなかったことが起きたりする余地を残しておく。
そこから、思ってもみなかった使い方や、新しい関係が生まれることがあります。
「絶景ごはん」で、来場者の少ない日に出店者同士でモルックを始めたことも、その一つです。
予定通りに進まなかった時間にも、そこでしか生まれない面白さがある。
「アソビシロ」という名前には、そんな余白を大切にしたいという思いが込められています。

現在、アソビシロの活動の軸の一つとなっているのが、コミュニティづくりを取り入れたパークマネジメントです。
一つの空間には、自然や風景だけでなく、そこにある歴史や文化、関わってきた人たちの営みや思いが紡がれています。
それらを新しいものへ置き換えるのではなく、空間に紡がれてきたものを、今の時代や人に合わせてリデザインしていく。
それは、原本さんが学生時代から考えてきた「景観」にもつながっています。
現在は番所鼻自然公園だけでなく、海岸線沿いにあるほかの公園にも関わりながら、それぞれの場所に合ったあり方を模索しています。


樹のように、予期しない未来へ枝を伸ばす
公園を運営し、事業を続けていくためには、経営という視点も欠かせません。
仕事を増やし、人を増やし、組織を大きくしていけば、できることも増えていきます。
一方で原本さんは、「続けること」そのものが目的になってしまうことへの違和感も口にします。
「続けることだけが正解なのかは、分からないんですよね。組織を維持するために仕事を増やし、仕事が増えれば人も必要になって、さらに仕事をつくっていく。事業を広げることで、できる領域は広がると思います。一方で、本来大切にしたい余白や遊びが、どんどん小さくなってしまうのではないかとも感じています」
アソビシロという名前に込めた「あそび」を、組織そのものから失いたくない。
だからこそ、原本さんは未来の姿を決めすぎようとはしていません。
それは、一つの地域に居続けなければならない、ということでもないといいます。
一つの場所に根を張ることもあれば、別の場所と関わることもある。
今いる場所や組織の形を守り続けることを目的にするのではなく、そのときに必要なものや、面白いと思える方向へ動いていく。
そんな話をする中で、ありたい姿について尋ねると、原本さんは「樹になりたい」と答えました。
「一本の樹を見ると、幹からいくつもの枝がそれぞれ違う方向へ伸びています。それでも、全体を見ると一つの形としてまとまっていて、美しい。いろいろなベクトルを持ちながら、一つの姿になっているところがいいなと思うんです」
そして、樹の枝は最初から伸びる方向を決めているわけではなく、光や風、周囲の環境によって、その形は少しずつ変わっていきます。
「枝も、最初から『この方向へ伸びよう』と決めているわけではないと思うんです。周りの環境によって自然と形がつくられていく。それを無理に歪めて、盆栽のように形を決めてしまうのは違うなと思っています」
未来から逆算して、自分や組織を決められた形へ近づけていくのではなく、そのときの環境や出会いによって、自然と枝を伸ばしていく。
これからどこで、誰と、どんな風景を生み出していくのか。原本さん自身も、まだ分かりません。
空間に紡がれてきたものをリデザインし、予想できないものも楽しんでいく。
どんな風景が生まれていくのか。そこには、まだたくさんの余白が残されています。

| 屋号 | 一般社団法人アソビシロ |
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