公共施設の断熱から、地域の暮らしを考える。錦江町の断熱ワークショップ
鹿児島県の大隅半島中南部に位置する、人口約5,800人の錦江町。この町では、町長室や学校の教室など、公共施設の断熱改修に取り組んでいます。その方法の一つが、子どもたちや地域の施工業者が参加する「断熱ワークショップ」です。なぜ、公共施設に断熱が必要なのか。そして、なぜワークショップという形で取り組むのか。田代中学校での現場取材を通して、錦江町での取り組みの背景や実際の効果、地域の暮らしへの広がりを探ります。

2026年8月19日、錦江町にある田代中学校。
夏休み中の教室では、生徒たちが学校の先生や地域の施工業者と一緒に作業を進めていました。
教室に並ぶのは、断熱材や木材、工具など。生徒たちは施工業者から説明を受けながら、寸法を測り、材料を切り、壁の断熱施工に取り組んでいきます。
この日行われていたのは、2日間にわたる「断熱ワークショップ」の2日目。
教室の壁や天井、窓などに断熱を施し、夏の暑さや冬の寒さを和らげるとともに、冷暖房に使うエネルギーの削減を目指す取り組みです。
企画・講師を務めるのは、鹿児島県内で温熱環境や省エネルギー性能に優れた建築の設計などを手がける株式会社おりなす設計室の代表取締役・田渕一将さん。
錦江町では2024年に役場の町長室で初めて断熱ワークショップを実施し、2025年からは学校の教室でも取り組みを進めています。
今回のワークショップに合わせて、公共施設の断熱改修について学ぶ視察イベントも開催されました。開催の背景については、こちらの記事でも紹介しています。

自分たちが過ごす教室を、自分たちで整える
断熱とは、建物の外から伝わる熱や、室内から逃げていく熱を抑えること。窓や壁、天井などに適切な対策を施すことで、冷暖房の効率を高め、室内の温熱環境を改善することにつながります。
今回の田代中学校では、主に2年生の教室を対象に、天井、壁、窓の断熱改修が行われました。

天井裏や壁には断熱材を施工。窓には、木枠と断熱効果のある樹脂製の透明板などを組み合わせた内窓などが取り付けられました。




地域の施工業者が事前に木枠などを準備し、生徒たちは安全に取り組める工程を中心に作業を担当。
断熱材を必要な大きさに合わせて切り出す場面では、寸法を確認する人、材料を押さえる人、加工する人と、それぞれが役割を分担していました。

初めは慣れない作業でも、何度か繰り返すうちに少しずつ手順を覚えていく生徒たち。
また、普段は目にする機会の少ない天井裏の熱についても、田渕さんから説明がありました。夏の教室では、窓から入る日差しだけでなく、屋根や天井から伝わる熱も室内環境に影響するそうです。




ワークショップの最後には、参加した生徒たちが感想を発表。初めは難しかった作業も、慣れるにつれて楽しくなったという感想や、断熱によって夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるようになることから、新学期を楽しみにする声が聞かれました。
さらに、仕上げ材を取り付けると見えなくなる断熱材に、参加者たちがメッセージを書き残す場面も。
普段は完成した状態で使っている教室。その壁の内側には、生徒たちが自分たちで手を動かし、地域の施工業者と作業した時間が残されています。

エアコンがあっても、なぜ教室は暑いのか
田渕さんによると、学校にエアコンが設置されていても、それだけで快適な教室になるとは限らないといいます。
例えば、強い日差しを受けた窓や、熱をため込んだ天井から室内へ熱が伝われば、エアコンを稼働させていても、なかなか涼しくならないことがあるそうです。
また、冬には窓や壁などから熱が逃げ、暖房を使っていても寒さを感じることも。
田渕さんはワークショップ中、サーモグラフィーカメラ(※)を使って教室内の表面温度を確認しながら、断熱の役割について説明しました。
(※)物体や人が発する目に見えない遠赤外線(熱エネルギー)を検知し、表面温度の分布を映像(サーモグラフィー)として可視化するカメラのこと。

「例えば、室温が25℃でも、天井や壁、窓が30℃だったら、体感としては27〜28℃ぐらいに感じることになります。断熱することで、天井や壁の表面温度を室温に近づけることができるんです」
田渕さんによると、室内の空気の温度だけでなく、周囲の壁や天井などの表面温度も、体感する暑さや寒さに関係するそうです。
この日の教室では、天井などの断熱施工が進んだ後、室内が涼しく感じられたため、昼休憩中にエアコンの設定温度を1℃上げたことも紹介されました。
冷暖房設備を整えるだけでなく、建物そのものの断熱性能を高めることで、より快適な室内環境をつくり、エネルギー消費を抑えることにもつながると田渕さんは説明します。
では、錦江町はなぜ、この取り組みを始めることになったのでしょうか。

最初の舞台は、町役場の町長室だった
錦江町が断熱ワークショップに取り組み始めた背景について、錦江町長の新田敏郎さんに話を聞きました。

取り組みが始まったのは、2024年のこと。
きっかけの一つになったのが、田渕さんから町に対して行われた、建物の断熱性能と健康との関係についての説明でした。
新田町長自身、それまでは鹿児島の住宅や公共施設の断熱性能が低いことについて、その影響を十分に認識していなかったといいます。
しかし、国土交通省の資料にある、冬場の脳血管疾患や心疾患による死亡状況に関するデータ(※2)に触れ、温暖なイメージのある鹿児島でも、住まいの寒さが健康に関わる問題になっていることを知ったのです。
(※2)【冬季死亡増加率の都道府県別比較(死因内訳)】(2014年の調査結果)を参考。鹿児島はワースト6位で、このグラフから死因の半数以上が脳血管疾患や心疾患であることが分かる。https://www.mlit.go.jp/report/press/house07_hh_000164.html
冷暖房を使うことはもちろん必要ですが、建物の断熱性能が十分でなければ、せっかく冷やした空気や暖めた空気を効率よく保つことができません。
住民の健康や暮らしを考える上でも、建物そのものの環境を改善していく必要がある。新田町長はそう考えるようになりました。
そして、最初の実践場所として選んだのが、町役場の町長室でした。

2024年8月、町内の子どもたちも参加し、町長室の断熱ワークショップを実施。
木枠とアクリル板を使った内窓づくりや、壁への断熱材の施工などに取り組みました。壁には断熱材を入れ、その上から杉板を張っています。
改修後、新田町長自身も室内環境の変化を感じるようになりました。
新田町長によると、改修前後では夏場に約3℃、冬場に約5℃の違いがあったといいます。特に冬場の変化が印象に残っており、以前は窓から伝わってきた寒さが和らぎ、過ごしやすくなったそうです。
また、杉板などの木材を使ったことで、室内の雰囲気にも落ち着きが生まれたと感じているとのことでした。
町長室で実際に断熱を行い、その変化を自分たちで確かめる。この最初の取り組みが、翌年度からの学校への展開につながっていきました。

断熱した教室と、していない教室。その違いは?
2025年度、錦江町では大根占小学校と田代中学校で断熱ワークショップを実施しました。
大根占小学校では7月、田代中学校では8月に開催。生徒や地域の施工業者などが協力し、教室の壁や天井、窓などの断熱改修に取り組みました。
また、改修によってどのような変化が生まれたのかを確認するため、施工後には教室内の温度や湿度の測定も行われています。

こうした取り組みを経て、2026年度も町内の小中学校でワークショップが継続されました。
今回取材した田代中学校では、2025年度に3年生の教室を断熱し、2026年度には2年生の教室でワークショップを実施。取材当日には、昨年度に断熱した教室を視察参加者が見学する時間も設けられていました。
では、実際に断熱を行うことで、教室の温度はどのように変わるのでしょうか。
おりなす設計室がまとめた2025年度の成果レポートでは、断熱した教室と、断熱していない教室に温湿度計を設置し、その違いを比較しています。
測定は2025年9月と2026年1月に実施。通常の学校生活と同じように冷暖房設備を使用した状態で、教室の温度変化を分析しています。

また、9月の測定結果では、断熱した教室は室温の変化が比較的小さく、冷房によって下がった温度を維持しやすい傾向が確認されています。

冬の測定でも違いが見られました。
断熱していない教室が約19.6℃だった時間帯に、断熱した教室は約23.4℃となっていた日もあり、その差は約3.8℃。
ただし、これらは異なる教室を比較した特定の日・時間帯の結果であり、すべての学校で同じ温度差が生まれるという意味ではありません。建物の構造や教室の位置、日射条件、冷暖房の使い方などによっても、結果は変わります。
田渕さんは、ワークショップを開催して終わりにするのではなく、改修後のデータを測定し、結果を積み重ねていくことを重視しているそうです。
断熱の必要性を言葉だけで説明するのではなく、実際の教室で起きた変化を示すことが、学校関係者や保護者、地域住民に取り組みを知ってもらうきっかけにもなると考えています。
なぜ「ワークショップ」なのか
錦江町とおりなす設計室がワークショップという形式を選んでいる背景には、子どもたち自身に、建物の環境を整える経験をしてほしいという思いがあります。
新田町長は学校への展開について、自分たちが学ぶ環境を、自分たちの手で整えることに意味があると話します。
教室が暑い、寒いという日常の困りごとに対して、建物のつくりを変えることで改善できることを知る。そのために、地域の施工業者と一緒に材料を加工し、施工する。
完成した教室で実際の変化を感じることも含め、一連の体験が学びにつながっていくといいます。

また、田渕さんは、学校での断熱ワークショップには、省エネルギーや室内環境の改善だけでなく、子どもたちが建築の仕事に触れるという役割もあると考えています。
2026年7月に実施された別の学校でのワークショップでは、初めは先生や保護者に勧められて参加した生徒もいたそうです。しかし、作業を進める中で少しずつ積極的になり、休憩後の片付けまでの時間にも、作業を続けたいと申し出る生徒がいたといいます。
田渕さんは、その様子から、子どもたちに建築の仕事の楽しさを知ってもらう機会にもなっていると感じたそうです。
そして、学ぶのは子どもたちだけではありません。
ワークショップに参加する地域の施工業者にとっても、普段の仕事とは違う経験になっています。
専門的な技術や知識を、初めて作業する中学生にどう伝えるのか。どのような言葉を使い、どこまで生徒自身に任せるのか。
新田町長によると、回数を重ねる中で、施工業者の方々も子どもへの教え方を工夫するようになってきたそうです。こうした経験は、将来、若手の施工者や新入社員に技術を伝える際にも生かせるのではないか、という期待につながっているのだそう。

また、町長室でのワークショップに参加した子どもの中には、当時から大工になりたいと話し、その後、建築を学べる高校へ進学した生徒もいるといいます。
もともと建築の仕事に関心を持っていた子どもにとって、地域の施工業者と一緒に作業する経験は、実際の仕事に触れる機会にもなりました。
一方で、実施にはさまざまな準備が必要です。
田渕さんが視察参加者に説明していたのは、対象教室の選び方から、現地調査、材料の確保、安全管理、学校との日程調整まで、実施に至る具体的な工程でした。
例えば、教室のどこに断熱材を入れるのか。既存の窓や棚、電気設備などに支障がないか。生徒が安全に取り組める作業はどこまでなのか。
施工の技術的な検討だけでなく、学校や行政の担当部署、地域の施工業者など、多くの人の協力が必要になります。
子どもたちが安全に学びながら作業できるよう、専門家と地域の関係者が準備を重ねることで、ワークショップが実現しているのです。


錦江町での実践を、ほかの地域でも
視察後に実施されたアンケートでは、実際の現場を見たことで、自分たちの地域でも取り組みを進めるイメージが持てたという声が寄せられました。

一方で、実現に向けた課題として、予算の確保や関係者との調整、施工を担う事業者との連携なども挙げられています。
前の章でも触れたように、ワークショップの実施には、学校や行政の担当部署、地域の施工業者などとの連携が欠かせません。こうした関係者との調整を、それぞれの地域でどのように進めていくかも課題の一つです。
参加者の中には、視察で学んだ内容を周囲に共有したり、自治体の担当部署へ相談したりすることを今後の行動として挙げた人も。
また、学校施設だけでなく、一般住宅の断熱について話を広げたいという声もありました。

学校から、地域の暮らしや避難所へ
町長室から学校の教室へと、公共施設の断熱改修に取り組んできた錦江町。今後は、こうした実践を通して断熱の必要性を地域に伝え、住民の暮らしにもつなげていきたいと考えています。
新田町長は、今後3〜4年ほどを断熱の必要性を伝える期間として捉えています。
まずは学校などの公共施設で実践を重ね、子どもたちや教職員に変化を感じてもらう。そして、その経験を保護者や地域住民へと広げていくことを目指しています。

その先に見据えているのが、一般住宅の断熱化です。
住まい全体を一度に改修することは簡単ではありません。だからこそ、例えばリビング一部屋だけでも断熱改修できるような支援について、新田町長は将来的な可能性として考えています。
また、断熱の必要性は、日常生活だけにとどまりません。
学校の体育館などは、災害時に避難所として利用されることもあり、夏の暑さや冬の寒さが厳しい中で避難生活を送ることを考えると、冷暖房設備だけでなく、建物の断熱性能も重要になります。

錦江町でも、避難所としての利用を想定した学校施設への空調整備について、設計などの準備を進めているといいます。
田渕さんも視察参加者への講義の中で、学校での断熱ワークショップは一つの入り口だと説明していました。
教室の環境を整えることから、学校全体、公共施設、そして地域の住まいへ。
断熱という技術を、これからの地域の建物づくりにどう生かしていくのか。その可能性を考える取り組みが、錦江町で続けられています。

公共施設の断熱から見えてくる、地域のこれから
学校は、子どもたちが日々を過ごす学びの場であり、地域の暮らしを支える公共施設の一つです。災害時には避難所としての役割も担います。
錦江町が行っている断熱ワークショップは、こうした公共施設の環境を見直すとともに、断熱について知る人を地域の中に増やしていく取り組みです。
2024年の町長室から始まり、翌年には学校へ。子どもたちや地域の施工業者、行政、学校関係者など、さまざまな人たちが関わりながら、実践が重ねられてきました。
今回の視察では、他地域での実施に関心を持つ人たちが現場を訪れ、具体的な進め方や課題について学ぶ姿もありました。
一つの教室を断熱することが、学校の環境を考えるきっかけになり、さらに公共施設や住まいのあり方を考えることにつながっていく。
これから地域にどのような建物を残していくのか。
錦江町で続く取り組みは、その問いを考える一つの実践例になっています。

| 屋号 | 株式会社おりなす設計室 |
|---|---|
| 住所 | 鹿児島県鹿児島市上谷口町1611-1 プランドール松元1階 |
| 備考 | ・公式サイト:https://orinasu-design.com/ |















