【鹿児島県姶良市】一人の人として地域に飛び出し、現場の空気に触れながら、新しい関係性を編む / 鹿児島県庁コミュニティ大工倶楽部(CDC) 黒木裕哉さん
鹿児島県職員・黒木裕哉さんは、休日を利用し「鹿児島県庁コミュニティ大工クラブ(CDC)」のメンバーとして空き家改修やDIYの現場に立ち続けています。その空間では肩書きや年齢などの枠を超えて人が集まり、手を動かし、一緒にご飯を食べながら過ごすことで新しい関係性が生まれています。今回はそんな活動を行う黒木さんの背景を辿りました。
過去にインタビューしたコミュニティ大工関連の記事はこちら。
コミュニティ大工・加藤潤さん
コミュニティ大工見習い・松元さおりさん

地域に飛び出し、人の声や空気に直接触れることで
黒木さんは、鹿児島県の農業土木技師として、県内各地で長年従事してきました。そうしたなかで、30代後半の頃から、仕事とは別のカタチで地域と関わる時間が少しずつ増えていったといいます。
最初のきっかけは、徳之島に赴任していた時期のこと。新規就農者の手伝いを休日にプライベートで行ったことが始まりだったそうです。
「土日も畑に出て作業をともにしたのですが、業務の範囲を超えた関わりであったため、“それは県の仕事ではない”と上司から言われたこともあります。それでも、現場で人と向き合い、実際の状況を肌で感じる時間は、私にとって印象深いものでした。」

「地域の課題や営みは、資料や数字だけでは把握しきれません。人の声や土地の空気に直接触れることで、初めて見えてくるものがある。その実感が、その後の赴任先でも自然と地域活動に足を向ける行動につながっていきました。」
数年前に赴任した沖永良部島では、青年団活動の中でDIY作業に関わったのだそう。専門的な道具が揃っているわけではなく、手作業が中心の現場でしたが、人が集まり、一緒に場をつくっていく時間があったといいます。それが後に「コミュニティ大工」と呼ばれる活動につながる、原体験の一つだったそうです。

できる役割を見出し、現場の敷居を下げる
沖永良部島での赴任が終わり、鹿児島本土に戻った後、黒木さんはコミュニティ大工の加藤潤さんが関わる現場に足を運ぶようになりました。
当時はまだ「コミュニティ大工」という名称も定まっておらず、仕組みとして整理されていたわけでもなかったといいます。最初に任された作業は、木材を磨くなどの単純なものだったそうです。
「現場には、入れ替わり立ち替わり人が訪れていました。そうした作業を通じて、さまざまな立場や職業の人と時間を共有するようになっていきました。施主も加藤さんも“なぜこんなに人が集まるのか、よく分からないままやっていた”と話していた時期だったと思います。後になって、その理由が少しずつ言語化されていきますが、当時はただ、作業をしながら人が集まり、一緒にご飯を食べたりすることで自然と会話が生まれる場になっていきました。」
・居心地の良い空間
・誰もが主役になれる場
・共感,共有
・楽しさ,学び,仲間など
これらを提供できていることが,継続して人を引き付けている点なのではないかと黒木さんは話します。


黒木さん自身、大工としての専門性があるわけではなかったため「自分に何ができるのか?」を探りながら現場に立ち続けていたのだとか。最初の現場を終えてからは、加藤さんとともに実践を通してコミュニティ大工として技術面を磨きつつ、声かけや場の空気を和らげるなど、黒木さんだからこそできる役割を担うようになっていったといいます。
「初めて来た人が一人で手を止めていたら、困ってることがないか声をかける。誰がミスをしても責めずに許し合う。そうした小さな行動の積み重ねが、現場の敷居を下げていたのかもしれません。そのスタンスは今でも大事にしています。」


一人の人として、地域と向き合い、仲間を増やす
コミュニティ大工の活動を続けていると、次第にある変化が出てきたといいます。それは、同じ県職員の有志たちも休日を利用し、個別に現場へ通う人が増えてきたこと。そこから「県職員同士で、DIYや空き家、まちづくりなどの情報を共有する場があってもいいのではないか?」という話が出るようになったそうです。そうして2022年に立ち上がったのが、「鹿児島県庁コミュニティ大工倶楽部(以下:CDC)」でした。
立ち上げ当初のメンバーは10人程。
活動の方針として決めたのは
・堅苦しくしないこと
・役職で呼び合わないこと(立場的に上司であっても、ニックネームや下の名前で呼ぶ)
・参加を強制しないこと
・行ける人が行けるときに現場へ向かう
などのスタンスを大切にし、活動を続けてきています。


活動の中では、作業後にメンバーそれぞれが料理を持ち寄り、ご飯をともにする機会も多くあるのだとか。コミュニティ大工以外の時間も、自然と濃ゆい関係性をつくってきたと嬉しそうに語ります。
現在、CDCには60人を超えるメンバーが所属しています。参加頻度はさまざまですが、久しぶりに来た人も受け入れられる雰囲気を保つことを意識しているそうです。若手職員のなかには、職場以外で人と関われる場としてCDCを捉えている人もいるのだとか。


CDCの活動では、空き家の改修や自治会の看板づくり、バス停づくり、高校での断熱ワークショップなど、これまで行政の立場ではあまり経験してこなかった作業にも取り組んできました。参加者は、日常業務で企画立案や調整を担当している立場から一度離れ、実際に現場に立ち、手を動かす側として関わってきています。
「役職や所属に関係なく、同じ現場で作業をともにする時間が増えたことで、“県職員として”ではなく、“一人の人として”地域と向き合う場面が生まれてきました。普段の業務では接点のなかった地域の人や、部署の異なる職員同士が、作業を通じて自然に言葉を交わすようになったケースも増えてきています。」
作業が予定より長引いたある日、若手メンバーがふと口にした言葉が印象に残っているそうです。
“CDCの残業なら、どれだけやっても楽しいです!”
「義務や業務としてではなく、自分の意思で現場に立っている。そんな感覚が、少しずつ共有されるようになってきたことを象徴する言葉だったでした。」



現場を知ることが土台となり、新しい何かへ
コミュニティ大工の活動は、黒木さんの仕事の進め方にも少しずつ影響を与えてきました。デスクワークが中心になりがちな行政職のなかで、「現場を見ることの大切さ」を、あらためて意識するようになったといいます。
「若手職員を連れて現場に出る機会も増えました。業者さんに任せきりにするのではなく、自分たちで作業を経験することで、工程や仕組みへの理解が深まっていきました。すべてを現場で解決できるわけではありませんが、実際に見て、触れて、考えた経験は、仕事に戻ったときの判断の土台になってきています。」

「一方で、コミュニティ大工の活動は、これまでボランティアで続いてきました。交通費や時間の負担、関わる人の増加など、継続していくうえで整理すべき点も少なくありません。だからこそ、今後の活動のあり方について考える機会になっています。すぐに答えが出るかわかりません。ただ、コミュニティ大工の活動を無理なく続けられる事例をつくることで、次の人が違うカタチで動きやすくなるかもしれない。そんな想いが強いです。まだまだ目指す姿の途中の段階でありますが、その感覚も大切にしながらコミュニティ大工の活動を続けていきたいです。」
コミュニティ大工は、黒木さんにとって特別な肩書きではなく、これまで積み重ねてきた仕事や暮らしの延長線上にあるもの。
現場で人と出会い、作業をともにし、関係が続いていく。
そうした経験が行政職員としての仕事に活かされ、地域との距離を少しずつ近づけてきたと感じました。

| 屋号 | 鹿児島県庁コミュニティ大工倶楽部(CDC) |
|---|---|
| 備考 | ●コミュニティ大工 加藤潤さん インタビュー記事 ●コミュニティ大工見習い 松元さおりさん インタビュー記事 |














