real local 山形【河北町】移住者インタビュー 大﨑頼子さん 「なんでもやれる可能性を感じる」 | reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

【河北町】移住者インタビュー 大﨑頼子さん 「なんでもやれる可能性を感じる」

インタビュー
2026.02.10

東京というこれまでの拠点に加えて、生まれ育った山形・河北町にもうひとつ拠点を持ったことで、大﨑頼子さんは、そして大﨑家のみなさんは、新しい充足感を手に入れて楽しんでいるようです。じぶんは東京でのやりがいある仕事を、これまで通りに、このローカルの地でも続ける。子どもたちは、広々とした環境のなかで、のびのびと遊びまくる。夫は今までと変わらず東京拠点での生活をしながらも、ときには山形で羽根を伸ばしたり、家族みんなでの山登りを楽しんだりもする。誰ひとり、なにかを諦めたりすることも無理や我慢をしたりすることもなく、ふたつの拠点をうまく使いこなして、それぞれがやりたいことをやりながら日々の暮らしをうまく営んでいる。そんな感じらしいのです。
大﨑頼子さんに、仕事と暮らしのお話、伺います。

【河北町】移住者インタビュー 大﨑頼子さん 「なんでもやれる可能性を感じる」
大﨑頼子さん。ふだんの仕事場からすぐちかくの、河北町の秋の風景のなかで

週1回の東京通いも
ごく「ふつう」の通勤

酪農家が出荷する生乳を取りまとめて検査して乳業会社に販売する関東地域の農協連合会で、総務の仕事をしています。

以前は、満員電車に揺られて通勤した事務所で仕事するのが「ふつう」でしたが、働きかた改革とコロナ禍によって「リモートワークできる環境を至急構築しないと!」という状況となり、総務担当のわたしはそのシステム導入や就業規則改正などに携わりました。職員が在宅で勤務できて、出社率は2割ほどですむような職場環境ができあがり、以来、リモートワークが「ふつう」の働きかたになりました。

出社は週一回だけ。なら、東京にいても地方にいても、あまり変わらないと考えました。家族にとってむしろ大事だったのは、長男が小学4年生に、次男が小学1年生に、それぞれなろうとしている時期だった、ということです。東京で長男が利用していた学童保育は3年生まで。4年生になると通えなくなるので、そうなれば在宅勤務中の自宅に長男がいることになりますから、わたしは仕事に集中しにくくなりますし、狭い家ではお互いにストレスも溜まってしまう。また次男は、保育園から小学校へあがるタイミングなので、それならいっそもっと大きな環境変化があってもいいかも……と考えた末、移住することを決意しました。その決意が固まってから夫に相談すると、「じぶんはリモートワークじゃないから東京にいるけど、3人で行ったらいいんじゃない?」と言ってくれて、それで大﨑家の、山形と東京の2拠点生活がはじまりました。2023年4月のことです。

河北町に暮らすようになってからも、わたしは変わらず週一回、東京の事務所に出社しています。さくらんぼ東根駅まで車で行って、6時8分発の新幹線に乗ると、上野駅からほど近い事務所に着くのが9時25分くらい。仕事して、退社して、19時22分発の新幹線に乗って、22時15分に東根に到着。車で河北町の自宅に帰って、お風呂に入って寝る。なんということもない「ふつう」の出勤です。山形も日常なら、東京も日常、という感じで。わたしが出社する日の子どもの世話は、同居している母に頼りきりですが……

【河北町】移住者インタビュー 大﨑頼子さん 「なんでもやれる可能性を感じる」
お父さんの仕事場だった場所を借りて仕事をしている

家族それぞれが
環境を満喫

移住するまえから、春休みや夏休みを利用して河北町でワーケーションしていました。その頃から子どもたちはほんとうにのびのびしていました。今通っている小学校は全校児童70人ほどで、ひとクラス10人ちょっと。一人ひとりに先生の目が行き届きますし、休み時間になれば広いグラウンドを全力で走り回れます。実は、東京のときは児童の人数が多すぎて、自由時間でも制限ばかりで、「今これをやりたい」と思ってもできないという我慢の連続でした。でも、ここでなら、じぶんがやりたいことを思いきりできるので、水を得た魚のようです。長男は「天国だ、こっち来てよかった」と言っていました。

また、地域のおとなとの関わりがたくさんあって濃密なことも、子どもたちにいい影響を与えているようです。地域の行事に連れていくとすごくかわいがってもらえますし、「囲碁やりたい」と言えば、まちの名人みたいな先生が直接教えてくださったり、近所の書道教室に行けば、先生がマンツーマンで教えてくださったり。こちらがなにかアクションを起こすと、ノウハウを持ったおとなたちがきちんと受け止めてくれるのは、この地域ならではの特徴かもしれません。

6年生になった長男はときどき東京のイベントに参加しますが、そういうときは「1人で行ってこい」と送り出します。新幹線に乗ってしまえば、東京では夫が迎えてくれて、その日は東京に泊まって、またひとりで新幹線に乗って帰ってきます。向こうにも拠点があるので、どこに泊まろうかとか、親も一緒についていかないと心配とか、悩む必要もありません。また、子どもにとっては成長とともに父親の存在が大きくなりますから、男同士でご飯食べながら話すのもきっと大切な時間になっているのではないでしょうか。子どもの成長という観点からも良いことだと思っています。

この二拠点生活について、夫がどう思っているかは、あまりそういうことを言わない人なので本当のところはわかりません。月一回ぐらいはこっちに来てくれて、一緒に山に登ったり遊んだりしています。月山や蔵王にも行きました。きっとここに来てリフレッシュしているんじゃないかな、と思います。

【河北町】移住者インタビュー 大﨑頼子さん 「なんでもやれる可能性を感じる」

就農したいという夢を
なんとなく想像しながら

わたし自身は、以前から、「50歳までに新規就農したい」という夢を持っていました。でも、もし就農するとなれば、仕事を辞めないとできないから、いつかその決断をしなくてはならないときがくるだろう、とずっと思い込んでいました。でも、職場のリモートワーク環境が整ったことで、「今の仕事をローカルで続けながら兼業農家になれるチャンスがあるかも」と思い直しました。もちろん、そうはいっても毎日仕事がありますし、子どもたちのこともありますから、実際のところなかなか動きだす余力がないというのが現状ですけど。そのときがくるのを、ずっと虎視眈々と狙っているような感じでもあります。「ヤギや馬を飼いながら田んぼとか畑とかやりたいな、果樹も面白そうだな」なんてことをひとり想像しています。

ここにはもはや
可能性しかない、と思える

「河北町にはなにもない」とか、ネガティブなイメージを持つ地元の人は少なくないかもしれませんが、わたしには「ここには可能性しかない」気がします。たしかに人口は少ないですが、だからこそ一人ひとりの考えや「これやりたい」という想いは、すぐに誰かに伝わります。行政のかたが「こういうのがあるよ」と反応してサポートしてくれることもあります。

それに、なにかをやってみようとしたときに、東京みたいにお金がかかるわけでもありません。コンパクトなまちなので、お買い物も、行政も、医療も、とにかくアクセスがいいからなんでもやりやすいですし。そして、なんといってもここには十分すぎる空間があります。たとえば東京で「畑やりましょう」と言っても、そもそもそんな場所もないわけです。それに比べれば、河北町ならなんでもできちゃいます。

【河北町】移住者インタビュー 大﨑頼子さん 「なんでもやれる可能性を感じる」

自然とつながり、
星の営みを感じる日々

河北町は、面積の3割ほどが農地で、3割ほどが森林という、大部分が緑や自然に恵まれた環境です。食べものは、お米、果樹、野菜、肉、牛乳、卵……すべてあるのでこのまちのなかだけで生きていけます。外に出て田んぼとか果樹園がバーッと広がっているのを見ると、「なにかあっても生きていける」という大きな安心感に満たされます。

東京では、太陽はマンションから昇って、マンションに沈んでいました。ここでは、太陽は山から昇って山に沈んでいきます。「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際」や「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに」という『枕草子』のような世界を感じることもできますし、地球が回っているという営みも感じられて、壮大なものとつながっているという感触があります。地球と一体化しているようなそういう感覚をとても大切に思います。ふだんバーチャルなネットワークで生きているからこそ、自然や宇宙とのつながりの実感みたいなのを求めたくなっているのかもしれません。自然のなかに暮らさせてもらっている……そんな日々です。

Photo 布施果歩(Strobelight
Text 那須ミノル