【天童市】移住者インタビュー 「Used & Select shop Caro」戸田瞳さんに聞く、店とまちと移住のこと

2026年2月某日、天童市。佇まいも空間もそこに並ぶ商品も、つき抜けてユニークなお店「Used & Select shop Caro」に、オーナー兼バイヤーの戸田瞳さんを訪ねました。南陽市出身の戸田さんは、高校卒業後、山形を離れ、東京へ。いつしかアパレル店員という仕事へ、テレビ局のスタイリストという仕事へ、そして、やがてじぶんの店を立ち上げて服を売るという仕事へ、と変遷を重ねつつ、ちいさいころから大好きだったファッションの世界に身を投じてきました。そしてコロナ禍の2022年、地元である山形でじぶんの店をひらこうと決心。慣れ親しんだ東京を離れて新たに店をひらいた先は、まったくと言っていいほどゆかりのない天童のまちでした。さて、いったいなぜそこだったのか。なぜそのときだったのか。戸田さんの移住の歩みをいくつかの場面から辿ります。
天童に決めた理由のひとつは
仙台との距離感
戸田:以前は東京の幡ヶ谷で店をやっていて、そのときからのお客様が仙台にいるので、山形で店をひらくなら「仙台に近いところがいい」と考えていました。それが天童を選んだ理由です。とはいえ、わたしは天童のまちのことはぜんぜん知らないから「どうしようかなあ」と天童市内をクルマで走りまわっていたら「あれ、ここの通り、なんかいいな」と思って。見わたすと、あたり一帯には古い建物が並んでいて、統一された雰囲気があるのがすごくよくて。それで急遽このへんの不動産屋をあたってみたところ、見つけたのがこの物件です。ここはかつて下駄屋だったという店舗付きの住宅で、店が閉まってからは誰も借り手が現れず、何年も空き家になっていたところ。内見して「あ!ここだ!」とビビッときて、「店舗とその奥の空間を繋げたらおもしろいな」とか、具体的なイメージが広がりはじめました。

東京からも、クルマに乗らないひとも、
誰もが来れるアクセスのよさ
戸田:仙台からのアクセスがいいことに加えて、天童は新幹線が停まるし、温泉もあるし、山寺という観光地にも近いし。お店としてもこの場所なら天童駅からすぐなので、クルマのない旅行者や大学生でも歩いて来ることができるし。お客さんは店に来たあとは観光にも行けるし、隣の山形市のカフェにも行けるし……と思いました。実際、先日は連休を利用して、新潟、東京、大阪からお客さんが来てくれました。「インスタ見て」とか「東京のお店に行ったことがあって」とか、「樹氷を見たくて、ついでにCaroさんのところ行こうと思って」とか「このあと銀山温泉行きます」とかみなさんいろいろ言ってましたね。

土日の集客につなげるため
静かな平日に作業を仕込む
戸田:やっぱりSNSがけっこう大事で。写真を載せれば「通販お願いします」というDMが来たり、入荷案内すればお客様が来てくれたり。SNSきっかけで遠方のかたでもわざわざ土日とか休みを利用して来てくれたりもするので、こちらはあまり忙しくない平日のうちに写真撮ったり情報を載せる作業をこつこつやって、それで土日の集客につなげるという感じです。ほかにも服のアイロンとか、洗濯とか、染み抜きとか、直しとか、ボタン付けとか、値付けとか。そういうのをじぶんで全部やって、って感じです。

広さと自由さを求めた
新しいCaroの空間づくり
戸田:インスタを見てもらうと、いろんなジャンルの服があるし雑貨もあるから、ここがちょっとした美術館みたいなところだと想像して来てくれるひともいます。また天童には天童木工という有名な家具メーカーもあるので、インテリアや内装などの空間的興味をもって来てくれるかたもいたり。この店は、この物件だからできたんですけど、これだけの広さのある古民家で自由に空間をつくれたことは本当によかったと思っていて。東京だったらこんなに広いと家賃が大変ですし、そもそもこんな古民家は探しても見つからない。それに、ふつうだったら原状復帰しなきゃいけないから自由にいじったりできないし。東京では、箱は小さい、空間を自由にできない、世界観もつくれない、置ける商品の数は限られる、在庫を置くスペースもない……という感じで窮屈だったから、いまはここの自由さが気持ちいいです。

天童というまちが
すこしずつ好きになった
戸田:最初はまったく知らないまちでしたけど、暮らしてみると天童はすごく住みやすいです。おいしいものも多いし、温泉もいっぱいあって、買い物なんかも便利ですし。寒さがつづく冬のあいだは「ゆぴあ」という日帰り温泉施設に週4日くらい通ってます。あとは、舞鶴山の天童公園が気に入って、店をオープンするまえの朝の時間にいつも散歩しています。気持ちいいんですよ。山が見えて、緑が多くて、すっごい綺麗で。歩いてるだけで気持ちいいし、犬を連れて散歩しているかたの様子なんかをぼーっと見たりしてます。

天童から買い付けの旅に、
ときにはタイへ、アメリカへ
戸田:この店に並べている服はいろいろありますけど、たとえば古い生地を使ってタイの職人さんにハンドメイドでつくってもらった服なんかもあります。直接タイの職人さんにサンプルを持っていって「こういうのをつくってほしい」ってオーダーしたり、メールでやりとりしたりして。できたら発送してもらったり、じぶんで取りにいったりして。先月もタイまで商品の引き取りに行ってきました。ついでに春夏の買い付けもしてきて。天童からタイまでは6時間ぐらいです。さいきん仙台からタイまでの直通便が飛ぶようになって便利になりました。そのほか、買い付けには、アメリカあたりにもよくいきますね。

地元でやることに挑戦する
若い人たちの刺激になれたら
戸田:求めた物件が古民家だったのは、空間を自由にできそうだからという理由と、広さがほしかったからです。東京でやってたお店って、ラックに洋服オンリーみたいな感じだったけど、ほんとうは雑貨とかインテリアとか置きたいなってずーっと思ってて。あとは、おしゃれなコンクリート張りの空間には飽きてしまったところもあったから、せっかく山形で店をやるなら東京とは違った山形らしい空間がいいなぁと思って。だから古民家の古い感じがいいなと。以前から「地元でお店をやってみたい」という想いはあったけど、友達みんな東京だし、いまさら地元に帰っても友達いないしとか、不安もいろいろあって踏み出せなくて。でも、東京にはこういう店は溢れているけど、山形はアパレルが少ないし、面白い店もあまりないしって勝手に思い込んでいたので、ここでじぶんが挑戦して、洋服屋さんをやる若い人たちが増えていったら楽しいな、とか、ダメでもいいやから挑戦しようって思ったんですよね。

おばあちゃんが
いまだ、と教えてくれた
戸田:コロナがなかったら、ずっと東京にいたでしょうね。「お店をいずれ山形でやりたい」と思ってはいたけど、その「いずれ」がずっと「いずれ」のままだったろうと思います。でも、コロナ禍で、南陽で暮らしていたおばあちゃんが亡くなってしまって。80歳過ぎまで着物を直したり洋服つくったりと縫い子をやっていたひとで。わたしが東京から送り込んだ店の古着の直しも全部やってくれていました。いつも「お金はいらない」って。「そのかわり、ひとみ、山形ではやくお店すろな」って言われてたんです。ずっと元気だったから「まだいっか」と思ってたら、亡くなってしまって。「もっと早く帰ればよかった」って後悔して、それで「いまだ」って決断したんです。ひとはいつ死ぬかわかんないし、お父さんお母さんが元気なうちに帰って、地元でお店をやっているところを見せたいなと思って。「いまだ」って教えてくれたのはおばあちゃんでしたね、本当に。

いまだから
見えてきたもの
戸田:実はこれまでちゃんと山形のことを見てこなくて。山形のいいところ、全然知らなかったんですよね。たまに帰省しても、実家でご飯食べて東京帰るだけだったので。たぶん見ようとしなかったんです。東京がいいから、東京が楽しいから、って。それが、山形でお店をやると決めて物件探しに4ヶ月ほど山形じゅうを巡ってたら、「うわぁ、もっと早く帰ってくればよかった。もっとちゃんと地元を観光しとけばよかった」って思いました。
いまになって山形とか天童のまちの良さがわかるというか。このごろは洋服をつくったりコラボしたりもするから、自然のなかにあるいろんな色が今までよりも目に入ってくるんです。風景や色を見て服のデザインが浮かんだり、「あ、こういう洋服つくりたいな」とか思ったり。良さげな自然の色が見えてきて、自然にインスパイアされたりするんです。
インスタの写真だって、天童に来てから「こういうなかで撮りたいな」とか「あ、ここの場所いいな」とか、思うようになったりしてて。東京のときはいつも室内撮影だったから、背景なんてぜんぜん気にしなかったけど、いまは背景に広がっている自然の色味とかがどんどん自分なりに見えるようになって、気になってきたんです。わたしにとって、こういう変化も、この山形・天童のまちに来たからこそ起きたことなんだと思います。

Caro
https://www.instagram.com/caro_store__/
Text 那須ミノル
Photo 布施果歩(STROBELIGHT)













