【鹿児島県伊佐市】日常に溢れる豊かさを深掘りし、”しあわせに暮らせる場所”をみんなでつくる / 工房あけぼの 前畑竜郎さん
伊佐市で特性のある人たちと向き合い、地域生活を支えてきた「工房あけぼの」(運営:社会福祉法人慈和会)。施設長であり作業療法士(※1)の前畑竜郎さんは、“人を支える”ことと同時に、“自分自身が豊かに生きること”にも向き合ってきました。その歩みを辿ると、仕事と暮らし、人との関係性が、ゆるやかにつながっていることが見えてきました。その変遷を辿っていこうと思います。
(※1)病気やケガ、特性によって日常生活に支障がある方に対し、食事や着替え、仕事などの「作業」を通じて心身の機能回復や社会復帰を支援する国家資格を持つリハビリテーションの専門職のこと。

興味を持った世界を深掘り、日常を豊かに
学生時代、前畑さんは音楽に夢中だったといいます。
バンドブームの時代。ライブを観に行き、自身も楽器を演奏していた前畑さんは、音響やライブハウススタッフなど、“舞台を支える側”の仕事に惹かれていました。
「表に立つというより、裏方の仕事に興味があったんです。今振り返ると、その感覚は、現在の仕事にもどこか通じているのかもしれません。作業療法士として利用者を支えることも、施設長として現場を整えることも、前に立つ誰かを支える“裏方”の役割だからです」
しかし、当時は、自分のやりたいことにご両親から反対されていた時代でもあったのだそう。進路に迷う中、祖父母の入院や介護をきっかけに、病院や福祉の現場を身近に感じるようになっていったそうです。
そんな時に参加した、地域の医療・福祉施設の見学体験。
そこで出会った施設長から、「作業療法士」という仕事を勧められたことが、大きな転機になりました。
「”今、日本ですごく必要とされている仕事だ”と言われたことを、今でも覚えています。当時は、まだ自分のやりたいこととして明確に腹落ちしていたわけではありませんでした。それでも、精神科病院で患者たちが自分らしく過ごしている姿を見て、”こんな支援のあり方があるんだ”と感じたことが、進学を後押ししました」

熊本の専門学校に進学した後は、長期間の実習が続きました。
病院近くのアパートに住み込み、慣れない土地で現場に向き合う毎日。福岡での実習中には、海の中道海浜公園から聞こえてくるフェスの音を、一人で堤防に座って聴いていたこともあったそうです。
「“俺、何してるんだろう”って思ったんです。少し前まで、自分も同じように音楽の中にいた同世代の若者たちが盛り上がる音を聴きながら、孤独や焦りを感じていました」
「ただ、その“好きだった感覚”は、消えたわけではありません。今でも地域イベントで音響を担当し、同級生たちとバンド活動を続けています。結局、好きなものって最後まで好きなんですよ」
そう笑う姿からは、“好きなものを持ち続けること”が、前畑さん自身を支えているようにも感じられました。
そして、そんな時期の中で、人生観を大きく広げる出会いもありました。
宮崎で出会った作業療法士の指導者です。
研究者として第一線で働きながら、休日にはカヌーやキャンプを楽しみ、自然の中へ飛び込んでいく。その姿に、前畑さんは強い衝撃を受けました。
特に印象に残っているのが、高知でのキャンプ体験だったといいます。
「実習中のある日、”寒くない服を準備して待っていろ”と言われ、車と船を乗り継いで辿り着いたのは高知県でした。そこからカヌーで川を下りながら、キャンプをする時間を過ごしました」
「夜、焚き火を囲みながら、指導者はこう話してくれました。”仕事と趣味は一緒なんだ”と。”興味を持ったことを深掘りし、自分自身の世界を豊かにしていく。その視点が、人を支える仕事にも必要なのだ”と。21歳の時の、高知での経験は、今でも全部生きている気がします」
田舎で育ちながらも、当時は伊佐の自然に特別な価値を感じていたわけではなかったといいます。しかし、高知での経験をきっかけに、「自分が暮らしている場所にも、豊かさがある」と感じるようになっていきます。

“地域で暮らす”を支えるためにできること
専門学校卒業後、伊佐にUターンし、前畑さんは地元の医療法人へ就職。その頃、鹿児島県は全国でも精神科病床が多い地域だったといいます。
長期入院が当たり前だった時代。30年、40年と病院で暮らしてきた人も少なくなかったのだとか。
そんな中、前畑さんが勤務する医療法人では早い段階から「利用者(※2)が地域で暮らす支援」に取り組んでいました。
(※2)障がい福祉サービスの利用者のこと。
グループホームをつくる。
利用者が働く場所をつくる。
利用者が地域で生活するための訓練を行う。
前畑さん自身も、長年にわたり退院支援や地域生活支援に携わってきました。


次第に病院の中だけでは見えなかった、その人らしい表情や可能性が、地域に出ることで見えてきたといいます。
そこで感じたのは、「人は環境や関係性の中で変わっていく」ということでした。
一方で、地域で暮らすからこその課題もありました。
ゴミ出しや交通ルール、近隣との関係性など。障害のある人たちへの不安や偏見も、現実として存在していました。
「ただ、問題行動を止めるという視点だけでは、本当の意味での支援にはなりません。県外の施設を視察した際、問題行動の背景には孤独があるという考え方に触れる機会がありました。孤独を減らすこと。人とのつながりを増やすこと。それが、地域で生きていく支えになるのだと学びました」
そこから、歓迎会や地域イベントへの参加、マラソン大会への出場など、利用者と地域が自然に交わる機会を増やしていきました。
現在も、地域清掃への参加や、保育園との交流を続けています。
近所の子どもたちがパンを買いに来たり、保育園児が「洗濯してくれてありがとう!」と声をかけてくれたり。少しずつ、施設の敷居が下がってきた感覚があるそうです。


「地域の中で、“身近な存在”になれたらいいなと思っています」
また、話を聞いていると、前畑さん自身が“仕事そのものを楽しんでいる”感覚も伝わってきました。
ハーブソルトや黒豆茶などの商品づくり。地域の農家との連携。利用者と一緒につくる加工品・生産量は限られるといいますが、こだわりをもって一つひとつ丁寧につくられています。
例えば、商品の一つであるハーブソルトは、自家菜園のバジルやニンニクを使い、色味や香りにもこだわっているそうです。
「じゃがいもを蒸して、バターとハーブソルトで食べると美味しいですよ」
そう話す表情は、とても楽しそうでした。
支援を“業務”としてだけではなく、“暮らしを豊かにする営み”として捉えていることが、伝わってきました。


自分自身を整える時間を大切に
前畑さんにとって、大きな転機になったのが2011年頃だったといいます。
東日本大震災をきっかけに、地域のつながりをつくるための事業にも関わり、病院業務と並行しながら、伊佐市内で多くの企画や場づくりを動かしていました。
石窯をつくり、人が集まる場所を整え、地域の活動にも深く関わっていたそうです。
当時は、自分の中で事業全体の設計図を描きながら、周囲に指示を出して動かしていく感覚が強かったといいます。
ただ、その反動のように、心身のバランスを崩してしまった時期がありました。
「ちょっと、自分自身が分からなくなってしまったんです。人を支える仕事をしながら、自分自身を置き去りにしていたのかもしれません」
「その頃、病院から生活訓練施設・サンライズへの異動が決まりました。最初は戸惑いも大きかったです。でも、その場所で改めて、”どうすれば人が幸せに暮らせるのか?”という問いに向き合うようになりました」
「同時に、”自分自身にも目を向けないといけない”と感じるようにもなりました。そこから少しずつ、自分を整える時間を大切にするようになっていきました」

休日には実家の山を整備し、草を刈る。ヤギを飼い、自然に触れる。
「自分に対するリハビリみたいな感覚だと思っています。体は疲れても、心は豊かになる。その感覚が、自分をもう一度支えてくれたといいます。今では、利用者さんに対しても、”休みの日をどう豊かに過ごすか”を大切にするかを伝えています」

“幸せに暮らせる場所”を、みんなで少しずつつくる
2020年から、前畑さんは現在の職場である「工房あけぼの」の施設長を務めています。
立場が変わった今でも、大切にしていることは変わらないといいます。
「”今ある環境を、どう豊かにできるか”をずっと大事にしています。以前は、自分が先頭に立ち、全体を引っ張る感覚が強かったと思います。しかし、今は、“みんなでつくる”ことを意識するようになりました。無理してでも頑張ればいいわけじゃない。それだと自分が幸せじゃなくなる。70点でもいい。少し時間がかかっても、みんなで進めていくことが組織として育っていきますし。それぞれの暮らしが豊かになるのではないかと感じています」

また、今強く考えているのが、“次の担い手”のことでした。
福祉業界では、人材不足が大きな課題になっています。
「”ここで働きたい!”と思える場所にしていきたい。その気持ちが強いです。まず、ここで働いている人たちが幸せじゃないといけない」
その言葉が、とても印象的でした。
利用者だけではなく、職員も、地域も、家族も含めて、関わる人たちが少しずつ豊かになっていく。
そのために、自分たちに何ができるのかを考え続けているようでした。
前畑さんは、「作業療法士」という肩書きだけではなく、一人の生活者として、自分自身の暮らしを大切にしているように感じます。
日々の営みが、自分を整え、また誰かを支える力にもなっている。
人を支えることも、音楽を支えることも、どちらも“裏方”の仕事。
誰かが安心して前に立てるように、そっと支える。
前畑さんの仕事や暮らしには、そんな姿勢が静かに流れていました。

| 屋号 | 工房あけぼの |
|---|---|
| URL | |
| 住所 | 鹿児島県伊佐市大口大田132 |
| 備考 | ●工房あけぼの インスタグラム |















