【鹿児島県日置市】美山に息づく「再生と景色」— 美山ビエンナーレ トークセッションレポート —
日置市・美山地区で開催された「美山ビエンナーレ 1 目覚めの景色」。焼き物の里として400年以上の歴史を持つ美山で、「再生と景色」をテーマに、行政、企業、工芸、アート、それぞれの立場から地域の未来について語り合うトークセッションが行われました。手仕事の価値、身体性、地域に息づく文化。登壇者たちの言葉から、美山が持つ可能性と、これから生まれていく新しい景色が見えてきました。

トークセッション登壇者
・永山由高さん(日置市長)
・十五代 沈壽官さん(十五代 沈壽官)
・丸山明紀さん(丸山喜之助商店 代表取締役)
・大寺聡さん(イラストレーター)
開催日:2026年5月3日(日)15:00~

「ものづくりの現場」で作品を見るということ
今回の美山ビエンナーレでは、白いギャラリー空間ではなく、実際にものづくりが行われている場所に作品が展示されていたことも大きな特徴でした。
実行委員長の筒井敏郎さんは、会場選びについてこう語ります。
「完成された作品だけではなく、ものが生まれる過程も見てほしかったんです」
窯元の作業場やガラス工房の工場など、普段はなかなか見ることのできない空間の中で作品を鑑賞することで、美山に息づく“手仕事”そのものを感じてもらいたかったといいます。
また、「綺麗な展示空間」で作品を切り離して見るのではなく、火や土、道具、作業場の空気感も含めて体験してほしかったとも話しました。
会場を歩く中で見えてくるのは、完成された作品だけではありません。
ものが生まれるまでの痕跡や、人が手を動かしてきた時間そのものが、美山の風景として存在していました。

400年続く土地に、新しい表現が重なる
今回、イラストレーターの大寺聡さんは、軽石に顔を描いた作品を、十五代沈壽官さんの登り窯で展示。約400個にも及ぶ軽石作品が並ぶ空間は、多くの来場者の印象に残りました。
大寺さんは、日置市で当たり前のように転がっている軽石に着目した理由について、
「普段見慣れたものを、違う角度から見てほしかったんです」
と話します。

さらに、登り窯で器が焼き上がる工程と、海底火山から軽石が生まれる過程に共通性を感じたことが、今回の作品につながったと語りました。
それを受けて十五代沈壽官(以下:沈壽官)さんは、
「アーティストの皆さんが、僕らが大切にしているものを大切に扱ってくださったことがありがたかったです」
と振り返ります。

沈壽官さんは、420年前にこの地へ集った人たちと、今新たに美山へ集う人たちも、本質的には同じ存在なのではないかと語ります。


地域の中で循環と向き合ってきたからこそ、新しい価値を
1916年創業の株式会社丸山喜之助商店。
代表取締役の丸山明紀さんは、今回のビエンナーレで、廃棄物が芸術作品として生まれ変わったことに大きな驚きがあったと話します。

「特に印象的だったのが、太陽光パネルをリサイクルする過程で分別されたガラスでした。これまで“廃棄物”として見ていたものが、アーティストの手によって作品へと変わっていく。今までゴミだったものに、価値や命を与える。それがリサイクルの本質だと思います」
その言葉には、長年地域に根ざして循環に向き合ってきた企業としての視点が滲んでいました。

また、工場見学に来た高校生が、リサイクルされたガラスを見て「綺麗」とつぶやいたエピソードも紹介。
廃棄物として扱っていたものが、見る人によっては“美しい素材”として映る。その感覚に驚いたと語ります。
「SDGsという言葉が広がる以前から、地域の中で循環をつくる仕事に向き合ってきました。創業からそのスタンスは一切変わりません」
その姿勢は、今回のビエンナーレが掲げる“再生”というテーマとも、どこか重なっているように感じられました。

人の身体でつくる価値が暮らしにつながっていく
トークでは、AIの進化についても話題が広がりました。
日置市長の永山由高さんは、
「AIになくて、人間にあるもの。それが身体性だと思います」
と語ります。
美山ビエンナーレは、町を歩きながら会場を巡るスタイルでした。
会期前半は雨の日も多く、来場者は時に雨に濡れながら、美山の風景や作品に触れていました。
また永山さん自身も、「市長茶房」として美山自治公民館でお茶を振る舞っていました。
「歩けば汗をかく。雨に濡れる。人の手で淹れられたお茶を飲む。そうした身体感覚を伴う体験こそ、今後ますます重要になるのではないかと考えています」

永山さんは、世界情勢やAIの進化によって、「暮らし」と「思考」が分離しつつある感覚があると話します。
最新トピックや時代の流れを、画面越しの“情報”として受け取ることが増えている。
自分の暮らしや行動が、誰かや地域とどうつながっているのかを実感しにくい時代になっている。
そんな時代だからこそ、
「自分の行動が、地域や人の暮らしにつながっていると感じられること」
が重要なのではないかと語りました。
その例として挙げたのが、丸山喜之助商店が取り組む、生ごみを堆肥として循環させる仕組みでした。
生ごみを別のボックスに入れる。
それが堆肥となり、地元の農家へとつながっていく。
自分の行動が地域の循環につながっている実感。
その“接続感覚”そのものが、これからの時代に必要なのではないかという言葉は、今回のビエンナーレ全体のテーマとも深く重なっていました。

手仕事の中にある「品格」
十五代沈壽官さんは、トークの中で「品格」という言葉について触れました。
「白薩摩(※1)の“白”や、透明な釉薬の“透明”は、言葉では説明できない。でも自分の中には確かにイメージとして存在している。昔の作品に感じる“品格”に、今もなお追いつこうとしているし、それは作品だけではなく、地域にも必要なものだと思います」
(※1)鹿児島の伝統工芸品の薩摩焼のひとつ。薩摩焼には、白と黒があり、白もん黒もんと呼ばれている。白もんは、白生地に金や鉱物を原料にして手で描く、錦手技法で絵付けを施したもの。
「品格は、簡単に作ろうとして作れるものではありません。長い時間をかけ、人が積み重ねてきた営みの中から、少しずつ立ち上がってくるものなんです」
だからこそ、美山という土地が持つ時間の厚みや、職人たちが積み重ねてきた感覚が、今改めて価値を持ち始めているのかもしれません。
長い歴史を持つ土地でありながら、美山は“完成された場所”ではなく、今もなお新しい人や表現を受け入れながら変化を続けている場所なのだと感じさせられました。
また、沈壽官さんは、手仕事について、
「同じものを何百、何千と作る中で、ふっと何かが浮かんできます」
とも語ります。
効率ではなく、繰り返し身体を使うことの中からしか見えてこない感覚。
それは、AIや大量生産とは真逆にある、人の営みそのもののようにも感じられました。

芸術は「人の営み」の中にある
大寺さんは、AIが広がる中で、イラストレーターとして大きな危機感を抱いていた時期があったと率直に語ります。
その一方で、最近では、AIによる表現と、人が手で生み出した表現を感覚的に見分ける若い世代も増えてきていると感じるといいます。
その中で大寺さんは、
「芸術は、すぐ価値を生み出せないものの側にあると思うんです」
とも話しました。

「効率や利益だけでは測れないもの。 一見“無駄”にも見えるもの。そうしたものの中にこそ、人間らしさや創造性が残っているのではないかと考えています」
「かつて祭りや地域の営みには、もともと芸術性がありました。農業、祭り、食、暮らし、芸術。本来は分断されていなかったものが、現代では細分化されすぎてしまっていると案じています。だからこそ、今、もう一度それらを結び直していくことが必要なのではないでしょうか」
その言葉からは、今回のビエンナーレを単なる“アートイベント”としてではなく、地域の営みを見つめ直す場として捉えていることが伝わってきました。

「現在進行形のレガシー」を生きる
永山さんは、美山について、
「現在進行形のレガシー(※2)の中を、私たちは生きている」
(※2)英語で「遺産」や「先人から受け継いだもの」を意味する。
と表現しました。
美山には、過去の文化財として残されている価値だけではなく、人の暮らしや手仕事、日々の営みの中で積み重なってきた時間が、今もなお息づいている。
そんな感覚が、その言葉には込められていました。

さらに
「行政だけがまちをつくっていく時代ではありません」
とも語りました。
行政や民間企業・事業者、地域住民など、さまざまな立場の人たちが、それぞれの形で地域に関わりながら、今の美山の風景が育まれている。
その言葉からは、多様な人たちの営みの積み重ねが、今の美山をカタチづくっている感覚が伝わってきました。

「美山まるごと美術館」が見せた景色
今回のビエンナーレでは、「作品を見る」というより、「美山という土地そのものを歩く」体験が印象的だったという声も多く聞かれました。
身体感覚を通して、美山という土地に触れていく。
今回の美山ビエンナーレは、「再生と景色」というテーマを通して、美山という土地に積み重ねられてきた時間や営み、文化、そしてこれから生まれていく新しい景色を見つめる場だったのかもしれません。
| 屋号 | 美山ビエンナーレ |
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