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【山形・連載】まちを旅して、犬と働く。vol.2 冬の西蔵王

連載

2023.03.09

日々当然のごとくオフィスに通勤し仕事する、というワークスタイルの当然の呪縛から解放され、自宅やまちなかのあらゆるスポットに仕事場の可能性があると改めて確認できた今、「次はやっぱり犬といっしょに仕事できる場所をつくることしかあるまい」と決意し、そんな理想の仕事場をまちなかに見つける旅へ出た。

旅と呼ぶにはやや大袈裟な日常探索とはいえ、山形市のまちに働き暮らし生きる日々を犬とともにより濃密にしたい、という野心的試みでもある。そんなわけで、キャンピングカーに乗り込んで、さあ、しゅっぱつ。犬と働ける夢のオフィスは、このまちのいったいどこにあるだろう。
第2回は、冬も終わりに近づいた日の西蔵王へ。(第1回・馬見ケ崎川はこちら)

そう、今回もまずはキャンピングカーに乗り込む。すべてはここから。見慣れたいつものまちであっても新しい発見に満ちた旅はできる。視線次第、気分次第、設定次第、見立て次第だ。ともかくも日常とはひと味ちがう新鮮な空気を生じさせること。キャンピングカーはそのための装置である(ただし、レンタル)

2023年の2月が終わろうとしていた。この冬の山形の積雪は少なかった。この日も快晴、まるで春。山形市街地の雪は日差しの中に消え、丘の上にある東北芸術工科大学の横を通り過ぎて山に至る坂道を登るうちに路肩にやっと雪が出現し、西蔵王へ近づいてようやく真っ白な雪景色が眼前に広がった。

【山形・連載】まちを旅して、犬と働く。vol.2 冬の西蔵王

今回の旅は、場所を探さない。目的地は決まっている。西蔵王の野草園近くのある場所に、知人のつてを頼って実験させてもらえるスペースをあらかじめ確保していた。手付かずの雪が広がる雪原。ここに今日は犬と働くためのオフィスをゼロから建設する。そう、とうとうこの手で建築をつくるときが来たのだ。建材は雪。この季節だけにこの土地に与えられた貴重なこの雪は宝なのだ。

日常のなかにこんなふうな実験ができる余白があるというのが、われらが山形市の素晴らしさ。設計図はすでに頭にある。というかもう完成している。つくるまえから、取りかかるまえから、立派に建っている。齢五十を手前にしてはじめておのれが建築家であったと知る。

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雪上にわれらのオフィスをつくるのだゾ!と意気込むほどに犬は遠ざかっていった。

まっさらな雪原に長靴のかかとで円を描く。直径2.5メートル。円の周りの雪をスコップでかき出し、それを円上に乗せ山を築く。冬の終わりの雪は水分を多分に含んでおり重い。ザクっとスコップで雪を掘りだし、山になり始めた小さな山の頂に乗せ、ペタペタと叩いて固めていく…という単純作業をひたすら繰り返す。腰にくる、腕にもくる。5分で汗が滲み、7分でコートを脱ぎ、20分後には汗が滝になった。

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ちなみにその間、犬はというと、リードが許容する最大の距離を確保して雪原の端にぺたりと座り込んでいる。雪上だからといってはしゃぐこともしない。こちらにオケツを向け遠くのほうを見ているらしい。「またお前こんなところに連れてきて、なにしてるんだよぅ、どうしてくれるんだよ、このアホゥ」とでも語りかけてくるような後ろ姿である。

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さて、直径2.5メートル、山頂1.7メートルの雪山が目のまえに出現した。すると今度はその山に穴をあけていく。トンネルのように貫通させるのではなく、あくまで一方向から、山の麓のあたりから削っていき、雪をほじくりだし、内部空間をつくりだす。山を壊さぬよう配慮しつつ、およそおっさんひとりがしゃがんで入り込めるだけの大きさの入口と、おっさんひとりがあぐらをかいて座れるだけのスペースを創出する。

そして、完成。これが、犬とともに働くための新しいワークスペースの姿。丸みを帯びたいいフォルム。想像どおりの建築物。まるで遥か遠い昔から知っていたかのような懐かしささえ漂う。このアーキテクチャを「シンキロウ」と名付けた。

遠くで呆れ果てている犬を「おやつダヨーおいでヨー」と呼び寄せ、PCを持ってシンキロウの内部に座る。なるほど、外壁内壁ともに雪素材ではあるが、案外と寒くもなく、むしろあたたかさが漂う感じ。テザリングでネットに繋ぎ、メールを受信し、いくつか返信する。自分の体温が発する熱ゆえか、内壁の雪が水滴となってポタリポタリとキーボードに落ちてくる。お尻に雪の温度がダイレクトに伝わってくる。姿勢が窮屈で苦しい。PCを閉じ、本日のお仕事、これにて終了。移動時間30分、雪との格闘1時間40分、お仕事約2分、そして犬はずーっとローテンション。どこかすこしまぬけなような気がしないでもないが、悩むな悩むなと自分に語りかけた。

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犬と働ける夢のオフィス建築「シンキロウ」。水滴が落ちてくるのでPC環境としては劣悪なのだが、ものすごく集中できそうな雰囲気に満ちみちた空間でもあった。

こうしてこんかいの旅は終わった。犬と働くためにつくり上げたこの新しいワークスペースは、気温があがればすぐにも溶けて消えることだろう。かまわない。消えてなくなってこそのシンキロウ。おかげでまた明日からもオフィス探索の旅を続けることができる。

さてつぎはどこへ向かおうか。そのとき犬のテンションはあがってくるだろうか。仕事は一体いつになれば終わるのだろうか。夢のオフィスを求めて彷徨う旅は、まだまだ終わりそうもない。そしてまた仕事もまるで終わりそうもない。

西蔵王から下山する。
春がはじまろうとしている。

取材協力:
ライズレンタルキャンピングカー
有限会社 内外ファーム

シンキロウ制作協力:Yutaka Yone、 Tadashi Taka