real local 山形移住者インタビュー/下里文宏さん - reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

移住者インタビュー/下里文宏さん

インタビュー
2025.06.02

40カ国150回の海外渡航経験をもつ下里文宏さんは、旅行のプロフェッショナル。そのスキルを活かし、2022年春からの3年間、所属する旅行会社からの出向で山形市役所へ転勤、自宅のある神奈川県を離れて単身山形市に移り住み、山形市が提供する「オーダーメイド型移住体験ツアー」(※1)の企画立案と運営を担ってきました。山形市への移住を検討している県外の人たち一人ひとりの要望にできるだけ寄り添ったプランをつくり山形をガイドする、という難しい仕事のかたちをゼロからつくりあげたのです。3年間にガイドした移住希望者の数は87組173名。それがきっかけで実際に山形市への移住を実現した人の数は、25組44名にのぼります。

期間限定とはいえ、いわば自身こそが紛れもなく「まっさらな山形市への移住者」であった下里さんは、いったいこの山形市という街の特徴をどのように把握し、その魅力がどこにあると捉えていたのでしょうか?ミッション期間が終わり神奈川に帰る直前の2025年3月上旬のとある雪の降る日、下里さんにお話を伺いました。

移住者インタビュー/下里文宏さん
下里文宏さん。2025年3月上旬の霞城公園にて。

== 3年前までは全く知らない土地だったこの山形市という街は、下里さんにとって今どういう場所になったのでしょうか。

下里:出張などで東京や仙台に行って山形に戻ってくると「帰ってきた感」を感じます。私の本当の住まいは神奈川県三浦市という港町ですが、地元であるその街に帰省してすら感じることのないような感覚です。「もうすっかり山形の人になっちゃったのかな?」と自分で首をかしげてしまうほど、この街の空気感、山々に囲まれた景色、山形弁……といったものにホッと心から和むようになってしまったようです。

暮らしてみると、山形市はどこからどこへ向かうにも30分もあれば車で行くことができるくらいコンパクトな街です。道路がまるで渋滞しない、というのがすごいところで、ふつうの街だったら主要な幹線道路でバスが停車したり、右折しようとする車が道路の真ん中に停まったりしてすぐに渋滞が起きてしまうわけですが、このまちの交通は非常によく考えられていて、そうならないような仕組みになっています。また、商業施設や子育て支援施設をはじめとするさまざまな機能が市の南北や東西にうまく分散されているので、例えば街の南側のエリアに暮らしている人たちはその南側エリアだけで、さらにコンパクトに用事を済ませてしまうことができるので、暮らしている人にとっては非常に便利です。大きな総合病院も各エリアにありますし、そこから独立して開業するお医者さん多いからクリニックもたくさんあって、医療サービスが非常に充実しているというのも街の特徴だと思います。

移住者インタビュー/下里文宏さん

==この街での3年間のご自身の暮らしはいかがでしたか。

下里:一人暮らしの気楽さもあって、楽しいものでした。そもそもじっとしていられない性分なので、いろいろと歩き回りましたし、ドライブもたくさんしました。山形県は35市町村すべてに温泉が湧いている温泉天国ですが、すべての市町村の温泉をコンプリートしました。

山形市内を探索すると、ふつうの街なら交差点の信号によく付いているはずの「○○交差点」等の地名の標識がほとんどないので、ナビでもないかぎり、いったい自分が今どこにいるのかわからなくなるときがあるのですが、そういうときに役に立つのが千歳山と霞城セントラルでした。この山とこのビルは街のどこにいても見ることができるので、目に映るその大きさや位置から、自分が今どのあたりにいるのかをおおよそ把握することができるのです。そのことに気づいてからはいつも千歳山と霞城セントラルを確認しながら街を移動していました。まるで船乗りみたいで面白いですよね。

どこからでも千歳山が見えるというのは、そのくらい空が広くて見晴らしが良いということでしょうし、非常に空気が澄んでいるということだと思います。山ひとつ越えた朝日町には、世界にひとつしかない空気を祀った「空気神社」がありますし、また、喘息持ちだという方から「山形は一番空気が綺麗なところだから」という理由で移住相談をいただいたこともあります。そのくらい空気が綺麗。だからでしょうか、山形は夜景もまたとても美しいのです。西蔵王公園から見る夜の景色は、ホノルルのタンタラスの丘からの夜景にそっくりです。

山形の街自体は、ウィーンに似ています。小さな街で、すぐ近くには豊かな森や川があって。音楽など優れた芸術文化を感じさせるところなど、非常に通じるものがあるように思います。ウィーンのホーフブルグ王宮前にも、ナポレオンと戦ったカール大公の2本足で立つ騎馬像がありますが、これに勝るとも劣らないのが霞城公園の最上義光像です。世界的に見てもこれは鋳物の最高傑作ではないでしょうか。3トンもの鉄をたった2本の足で支えているこの銅像の技術は、山形の人がもっと誇るべき素晴らしいものだと思います。

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最上義光像。下里さんのお気に入りのひとつ。

下里:単身赴任での暮らしということもあり、食事は外で食べることが多かったのですが、山形のメシのうまさも衝撃的でした。居酒屋にしろ、食事処にしろ、ラーメン屋にしろ、どれもしっかりと手をかけて作られているものばかりで、全部がおいしかった。飲み屋でちょっと予算オーバーしたとしても、しっかりうまいから、お会計で「高い」と感じたことすらありません。いつも満足して支払いしていました。すごいことです。

==「オーダーメイド型移住体験ツアー」という企画をつくった下里さんは、たくさんの移住希望者の方たちと接してこられました。「山形への移住がうまくいく人」に共通点はありますか?

下里:移住される方を見ていると、退職して終のすみかを探すシニア層、子供の就学前にのびのび生活できる環境に暮らしを移したいファミリー層、そして単身で身軽にどこでも仕事できるテレワーカー層と、大きく3つのパターンがあるようです。とはいえ、移住がうまくいくかどうかはやっぱりその人次第のところが大きいのではないでしょうか。

山とスキーが大好きで薪ストーブのある暮らしをしたくて西蔵王に家を求めて日々を楽しんでおられるシニアの方もいらっしゃいます。バリバリ仕事しながら理想の場所を求めて転々とされてきたご夫婦で、山形の空気感が気に入って移住されて、今では山形で会社を起こしてやっぱりバリバリ仕事されている方もいらっしゃいます。そんなふうに移住して楽しそうに暮らされている方たちというのは、やっぱり自分が思い描いた暮らしやライフスタイルがまずあって、それを実現されているように見えます。反対に「暮らす場所としては気に入ったけれど、自分に合う仕事が見つからなかった」というような、うまくいかなかったケースも見てきました。移住というのは人生の転機ですからね。マッチングの難しさはやはりあります。

だから私も「移住したい」という方のお手伝いはできるけれど、無責任に「山形に来てね」と言うことはできませんでした。ツアーにいらっしゃる方たちと近い感覚で、同じような目線で、山形を紹介することに徹してきたと思います。

移住者インタビュー/下里文宏さん

仕事の縁があってこの山形に来た私ですが、もともと三方が海に囲まれた土地で生まれ育ってずっと過ごしてきましたから、本当は大好きな海のそばで暮らしたい人間です。初めてここに来たときは、山に囲まれた雪の景色を見て「すごいところに来ちゃったかも」と不安に感じたくらいです。でもそれが、わずか3年間暮らすうちに、どの街よりもいちばん安らぎを感じてしまうようになったわけです。すごいことです。とてもいい街なのだと思います、山形は。それは間違いない。

山形のことを、イザベラ・バードが「アジアの桃源郷」と呼び、エドウィン・ライシャワーが「山の向こうのもう一つの日本」と表現したように、山々に抱かれたこの地域というのは、独自の文化や言語が脈々と育まれてきたおかげもあって、そう呼ばれるに相応しいような場所なのだと思います。不思議な魔力がある。そう思いますね。

※1 オーダーメイド型移住体験ツアーについてはこちら

Photo : 布施果歩(Strobelight
Text : 那須ミノル