【鹿児島県日置市】美山の日常から始まる、幸せのサイクル 〜 美山ビエンナーレ Vol.1「目覚めの景色」を終えて 〜
日置市美山地区で初開催された「美山ビエンナーレ Vol.1 目覚めの景色」。窯元や工房、ギャラリーなどを巡りながら、作品と地域の風土に出会う12日間のアートイベントです。第1回を終えた今、実行委員会代表の筒井敏郎さんと、主に音楽を担当したコジマサトコさんに話を聞きました。そこから見えてきたのは、美山の日常に触れながら育まれる、人と人とのつながりでした。

幸せのサイクルが生まれる場所へ
美山地区は、400年以上の歴史を持つ薩摩焼の里です。
窯元や木工・ガラス工房などが点在し、今も多くの作り手たちが暮らしています。
歴史ある焼き物の産地でありながら、新しい人や表現も行き交うこの土地で、美山ビエンナーレは誕生しました。

美山ビエンナーレの実行委員会代表を務める筒井敏郎さんは、九州を中心に店舗デザインや住宅リノベーション等、空間デザインを手がける株式会社ナインズの代表でもあります。
ナインズが2022年10月にオープンした「cocoNotsu ここのつ 」(以下:ここのつ)は、広場や小径のある緑豊かな敷地にカフェやショップ、ギャラリー、アトリエが点在する複合施設です。
コンセプトは、
「幸せのサイクルが生まれる場所」。
人やモノ、コト、アートがつながり、巡る場所として、多くの人が訪れています。
そんな「ここのつ」が生まれるきっかけとなったのも、美山との出会いでした。
「郊外のアトリエを探していた中で偶然出会ったのが美山の土地でした。そこには果樹の木があり、どこか懐かしい風景が残っていました。そんな場所で、子どもたちが走り回り、自然の中で過ごせるような、”何もないけど楽しい場所”をつくりたいと思ったんです」
また、ここのつの建物を設計する際も、効率性だけを求めることはしたくなかったそうです。
「ぐるぐる回ることの楽しみみたいなものを大事にしたいと思いました。今振り返ると、その考え方は美山を歩きながら巡るビエンナーレの原型だったのかもしれません」



ものづくりに光が当たるための、新たな手法として
筒井さんは、美山で続いてきたイベントに関わる中で、
「ものづくりや職人に光が当たる手法は他にもないだろうか」
という思いを抱くようになったといいます。
「一つの転機として、国際芸術祭BIWAKOビエンナーレ(※)との出会いがありました。巡っていると、古い建物と現代アートが自然に共存する風景があって。作品を見に来たはずなのに、気づけばその土地そのものに興味が湧いてくる。そんな体験が強く印象に残っています」
”美山でも、作品をきっかけに土地や文化、人に興味を持ってもらえないだろうか?”
そんな思いが少しずつ形になり、美山ビエンナーレへとつながっていきました。
(※)滋賀県で開催されている2年に一度の国際的な現代美術の芸術祭。歴史ある町家や寺院といった建造物そのものをギャラリーに見立て、町や自然とアートが一体となる体験を提供しているのが大きな特徴。




地域と関係を育んできたからこその「今」
実は、第1回開催はそこまで強い確信があったわけではなかったといいます。
2026年から始まる美山ビエンナーレに先駆けて、2025年にはテスト開催をしました。
筒井さんは当時を振り返り、
「失敗したらやめようと思っていたんです」
と話します。



準備を本格的に始めたのは2024年12月頃。
開催は翌年4月末だったため、準備期間はわずか数か月でした。
「今からやるのは無謀だ」
と、周囲から心配の声も多かったそうです。
「それでも実際に開催してみると、想像以上の手応えがありました。その経験が、今年の本開催へ向けた大きな後押しになりました。また、美山に関わり始めてすぐではなく、地域の人たちとの関係が少しずつ育まれてきた今だからこそ、実現できた部分もあったのかもしれません」



美山の日常に触れることで、五感で感じる時間に
美山ビエンナーレでは、窯元や工房そのものが展示会場になりました。
その理由について筒井さんはこう語ります。
「美山の日常を知ってほしいという思いが強かったことが理由として挙げられます。作品だけを見るのではなく、そこに至るまでの時間。職人たちが積み重ねてきた技術。ものづくりの楽しさや苦しさ。そうした背景ごと感じてもらいたかったんです。実際、普段は入る機会が少ない窯元や工房に足を運んだ人も多くいました。作品を見ながら作り手と直接話をすることで、人との距離が縮まる場面もあったと思います」




「美山で暮らす人たちにとっては当たり前の風景も、外から訪れた人には新鮮に映るはずなんです。窯元の作業場から聞こえる音や、道端に咲く草花、季節ごとに表情を変える風景。そうした日常の中にこそ、この土地ならではの魅力があるのではないか。そんな美山の風景そのものにも触れてほしいと考えました」
そうした体験すべてを含めて、「五感で感じる時間」にしたかったといいます。




境界を越えて響き合う表現たち
主に音楽を担当したコジマサトコさんは、運営する自分たち自身が心の底からリスペクトし、その世界を届けたいと思った人を中心に声をかけてきたと話します。
「鹿児島ではなかなか出会う機会の少ないアーティストとの出会いが、新しい刺激を生み出していくのではないかと考えています。また、私たち自身が心を動かされた表現だからこそ、自信を持って地元の皆さんに勧めることができると思うんです」

また、美山自治公民館でライブを行ったことで、アーティストと来場者、地域の人たち、そして運営やボランティアとして関わる人たちが、同じ空間で時間を共有する場面も生まれました。
展示とライブ。
アートと音楽。
それぞれを分けて考えるのではなく、人が集い、この土地を知るきっかけとしてつながっていく。
そんな景色も、美山ビエンナーレならではの魅力だったのかもしれません。
コジマさん自身は今後、鹿児島だけにとどまらず、活動範囲をさらに広げ、そこで得たものを地元の人たちにも体感してもらいたい。
そんな循環が生まれたら嬉しいと話してくれました。

長い時間をかけた循環の先にあるもの
美山ビエンナーレには、多くの学生ボランティアも参加しました。
筒井さんは、
「参加してくれた学生さんのうち一人でも、将来的に美山に何かしら関わってくれるようになったら嬉しいです」
と話します。


今回の関わりが、すぐに何かの成果につながるとは限りません。
けれど、美山で過ごした時間や出会った人たちのことが、いつかどこかで思い出されることがあるかもしれない。
仕事として関わる。
遊びに来る。
誰かを連れて訪れる。
美山の魅力を誰かに話すなど、
関わり方は人それぞれです。
「学生たちが地域の人と交流し、地域の人たちもまた学生たちを温かく迎える。そうした世代を超えた関わりが自然と生まれていたことも、今回のビエンナーレならではの風景でした。誰かとの出会いや体験が、その後の人生に影響を与えることもあります。私自身も、これまでさまざまな人との出会いに支えられてきました。だからこそ、今回関わった学生たちにも、この場所での経験が何か一つでも残ってくれたら嬉しいです」
そうした小さなつながりが少しずつ積み重なり、次の世代へと受け継がれていく。
筒井さんは、そんな長い時間をかけた循環を思い描いていました。
それは、ここのつが掲げる
「幸せのサイクルが生まれる場所」
というコンセプトにも重なっているように感じます。


地域と一緒につくる芸術祭
ボランティアとして関わった地域の人たちの姿も印象的だったといいます。
来場者へ積極的に声をかけ、道案内をする。
そして、自分ごとのようにビエンナーレやアーティスト、作品について嬉しそうに語る。
そうした光景が、会場のあちこちで見られたのだとか。
「アーティストが作品に思いを込める。地域の人や学生たちが運営をサポートしながら、来場者を迎える。そして、来場者がその時間や風景を楽しむ。立場は違っても、それぞれが何かしら思いを馳せながら関わっていたと思います。そんな関係性の積み重ねが、美山ビエンナーレの空気をつくっていたように感じられました」



また筒井さんは、
「地域の人たちとの対話を重ねながら準備を進めてきたことが大きかったと感じています」
と振り返ります。
開催までの間には、地域の方々への説明会も重ねてきました。
なぜビエンナーレを開催するのか。
どんな思いで取り組もうとしているのか。
そうしたことを一つひとつ伝えながら、少しずつ理解を深めてもらったといいます。
地域の方々と対話を重ねる中で、協力者や応援してくれる人も少しずつ増えていきました。
完成した展示やイベントだけではなく、そこに至るまでの過程も含めて、地域と一緒につくる芸術祭だったのかもしれません。




ボーダレスとフラットが導く、次の景色
第1回を終えた今、見えてきたこともあるといいます。
「窯元や地域の人たちと一緒につくる部分を、これからさらに増やしていきたいです。さらにいうと、地元の人が愛を持って語れるようなものにしていきたいです」
また、今後も変わらず大切にしたいこととして、筒井さんは「ボーダレスとフラット」という言葉を挙げました。
「人によって感じ方は違うし、心が動くものも違います。だからこそ、人や表現、地域との関わり方にあらかじめ境界線を引かないこと。一つの価値観だけで物事を判断しないこと。運営側としてこの2つを大切にしてきました」
その考え方は、展示内容だけではなく、人との関わり方にも通じているようでした。




美山の日常に触れること。
人と人が出会うこと。
そこから新しい関係が生まれること。
そして、そのつながりが次の誰かへ受け継がれていくこと。
美山に流れている日常の価値を見つめ直し、それを誰かと分かち合うこと。
その積み重ねが、また次の景色につながっていくのかもしれません。
振り返ると、その時間には人や場所への思いが溢れていました。
それもまた、美山ビエンナーレが生み出した一つの風景だったのかもしれません。
美山ビエンナーレは、そんな「幸せのサイクル」を育てる場として、これからも続いていくのかもしれません。

| 屋号 | 美山ビエンナーレ |
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