山形ラーメン、ダイバーシティ放浪記_02「山菜と牛サガリのラーメン」
「山ラー」のまちとなった山形市。そこは「ラーメン多様性のまち」である。これぞ山形のラーメン!という典型的な型がない。スープや味わいや素材のルールがない。レギュレーションがない。「鳥中華」も「冷やしラーメン」も「辛味噌」もそれぞれ山形らしいものではあるけれど、いずれも全体を構成する一部分にすぎない。それらすべてが息づく豊かな多様性、それこそが「山ラー」の生態系の姿である、ということであるらしい。ならば私たちは、その豊かな多様性そのものをきちんと発見し記録していかねばなるまい。そんな強い使命感のもとにこのシリーズは始まっている。独自の進化を遂げ、ここでしか出会うことのできない、ふしぎなラーメンたちの世界。「こんなものがあるのか?!」という驚きや、面白さ、クレイジーさに彩られたこのまちは「ガラパゴス的ラーメンの楽園やまがた」と見立てることもできそうだ。ちなみに前回(第1回)は「どんどん焼きが乗ったラーメン」との遭遇をルポした。かなりのガラパゴスであった。
さて、第2回である。
今回わたしたちが出会ったのは「山菜と牛サガリに覆われたラーメン」である。場所は十日町の「金長本店」。創業から100年を超えるという老舗の、人気の市民食堂。そこにはメニューが豊富に並ぶ。ラーメンも、蕎麦も、うどんも、丼ものもある。だがそんな多数のメニューからこの日わたしたちが選んだのは「山形ラーメン」というもの。いったいどんなものなのだろうか。メニューの横に、こんな補足情報が付記されている。「当店オリジナル。牛さがり・山菜しょう油味」と。そして、さあ、来た。

深い色をしている。絵画のような奥ゆきを湛えた色である。醤油ベースの牛骨スープらしいが、その範疇をはるかに超えた深みである。深緑や赤茶や煤けて黒ずんだような茶色を含んでいる。トッピングされた山菜や牛サガリによって滲みだした色であろうか。なめこが明るくさえ映る。ワラビがふんだんに使用されている。

おそらくこのラーメンは「山形らしい食材をたくさん使用している」という意味での「山形ラーメン」であるのだろう。たしかに、山菜も牛肉もじつに山形らしい食材である。ちなみにこの日このとき、「山形ラーメン」を注文したのは、ほぼ満員のこの店(席数20弱といったところだろうか)でわたしひとりだけだった。人気はふつうの「ラーメン」であるらしく、多くのひとの注文はそれであった。横目で覗いた目には、それはむかし懐かしいような「中華そば」スタイルのように見えた(スープは明るく澄んでいた)。
「山菜(の天ぷら)とそば」という組み合わせはめずらしくないし、むしろ山形では春の定番とさえ言える。だが他方で、「山菜とラーメン」を融合させた例はほかに知らない。牛サガリの切身が入っているラーメンもここ以外にわたしは知らない。この「山菜と牛さがりのラーメン」というメニューのオリジナリティやユニークネスはかなりのものではないか、という印象を受けた。
あらためてこの店のラーメン類のメニューに目をやると、「チャンポンメン」「げそ天ラーメン」「げそ天つけめん」「冷しとり中華」など、かなり興味深いラインナップである。多様性の匂いが漂う。「つけめん」はメニュー自体は珍しくないが、すぐ横にわざわざ「つゆはざるそばと同じ」という但し書きが添えてあった。そばつゆで中華麺を食するのである。それが「つけめん」なのである。「蕎麦屋でラーメン!」という食文化をもつ山形らしい技である。

そういえば、山形のラーメンのこの「多様性」の土台には、「蕎麦屋でラーメン!」があるように思える。山形のラーメンの進化は、ラーメン屋によって進化した部分ももちろんあるだろうが、「蕎麦屋のラーメン」として進化した面は多分にあるように思う。げそ天との融合、鳥そばとの融合、日本そばと中華麺のあい盛り、などなど、そのガラパゴス的進化の形跡はいたるところに見てとることができると思う。山形においては、蕎麦屋でラーメンを食することは「ふつう」のことである。いったい、それはどういうことなのだろうか。そこに謎を感じないことに、謎を感じずにはいられない。
つづく














