real local 福井あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義 | reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

インタビュー
2026.10.28

大学教授には「最終講義」という大仕事があります。退職を迎えるタイミングで行われる、大学人生の集大成とも言える講義。

2026年4月18日某所。福井大学建築・都市環境工学科の教授である野嶋慎二先生がご退官され、最終講義が行われました。野嶋研究室の卒業生である友人に誘われて、全く専門外の私も会場へ。タイトルは「自律的なまちづくりとデザイン」。難しそうだな…と思っていたのですが、聞き終えた感想はひとつ。

「この話が野嶋研究室関係者にとじているのはもったいない、福井県民全員が知った方が良いようなことじゃないか!」

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

 

そんな思いに駆られて、ここでは建築も都市計画も専門外である私が「野嶋先生はどんなことを考え、福井に何を残してきたのか」をできるだけわかりやすく紹介したいと思います。

 

野嶋慎二先生ってこんな方

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

まずは野嶋先生を簡単にご紹介。1960年東京都生まれ。東京大学工学部建築学科を卒業後、早稲田大学理工学研究科建築工学(建築)修了。専門は都市計画で、1998年から福井大学で教育・研究に携わってこられました。

印象的だったのは、研究と実践の両方を徹底していることです。研究では、数多くの論文を執筆され、2017年に日本建築学会賞を受賞、単著や共著を複数出版されるなどしています。さらには、研究調査における圧倒的な「数」。卒業論文では、東京の三叉路をバイクで300箇所調査。長浜では、黒壁の建物を学生と150件以上調査など、とにかく徹底的に歩く、見る、考える。その積み重ねが研究になっていました。

実践では、高浜町和田地区民宿遺産プロジェクト、若狭瓜割エコビレッジ構想、たわら屋プロジェクト、大野市六間通りプロジェクトなど県内各地で多数のプロジェクトを行っています。つまり、論文を書くだけではなく、現場で実践し、その経験をまた研究に還元していく、そんなお方だったのです。

その証拠に!最終講義の会場にいらっしゃった方々は、実に多様。研究者、大学関係者、卒業生。そして、地域のまちづくり組織の関係者や、住民さんまで。

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

県内各地でプロジェクトを行っているということはつまり、福井の景色を語る上で、野嶋先生は欠かせない存在であるということ。

何も知らなかった私が最終講義を聴いて知った驚き。「あの景色は野嶋先生が関わっていたのか!」から、まず共有させてください。

 

あれも、これも野嶋先生が関わっていた!

講義を聴いていると、見慣れた景色のスライドが出てきました。大野の六間通り、福井市の中央公園、えちぜん鉄道三国駅。なんと全部野嶋先生が関わっておられたのです。

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

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あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

「普段何気なく見ていた福井の風景は、野嶋先生がつくっていたのか!」

どこか遠くに感じていた建築の世界が、思ったよりもずっと近くにあるような感覚になりました。私が特にびっくりしたのは、大野市六間通りのこと。月に何度か大野へ行くことがあるので、この通りに車を止めるたびに「駐車場的だけれど、駐車場ではないような不思議さと心地良さが同居しているな〜」と感じていました。その理由が講義で明かされます。キーワードは「シェアードサーフェス」。自転車道、歩道、駐車対応の機能を街路でどうシェアしていくかということが鍵になります。

「ここで立ち上がりをつくっちゃうとシェアできないんですよね。駐車帯もつくるんだけど、段差をなくして歩道と同じテクスチャーにして車が停まっていない時は歩道に使えるし、チャリは移動できるし、ボラードも取り外しできるようにしていて、祭りの時にも使えるというようなシェアっていうのをコンセプトに使います。もっと言うと、冬の時は大野は雪深いので、ここは雪捨て場になるというシェアの仕方っていうのはあるんじゃないかなというふうに思ってつくったわけです」

 

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

なるほどな〜〜〜!これまで感じていた不思議さと心地良さってそういうことだったのか〜〜〜!と。

もちろん野嶋先生が関わられた街路整備や都市計画は、大野市六間通りや福井市街中の中央公園、えちぜん鉄道三国駅に限りません。高浜町和田地区や敦賀駅前、鯖江市西山公園のレッサーパンダ舎、福井市田原町商店街、若狭町エコヴィレッジなどなど。実はあなたの身近な風景も、もしかしたら野嶋先生が関わっているかも。

 

勝手魂が、まちづくりのきっかけをつくる

講義を聴いていて、疑問が浮かびました。どうして大学に勤めている先生が、福井各地でこんなにまちづくりに関わるようになったんだろう?答えは、講義で何度も出てくる「勝手に」というキーワード。

例えば大野市。街の形に魅力を感じた野嶋先生は「勝手に行って、勝手に素晴らしい町ですよねと自治体の人にお見せしたんですよね」と。依頼される前に自分から動き始めて、その後年間25回にも及ぶワークショップを行い、まちづくりに繋がっていきました。

続いて、高浜町で野嶋先生は、残したいと思う風景に出会います。

「一番僕はいいなと思ったのは、この路地を、海水浴場に向かって3人ぐらいの親子が浮き輪袋を持って水着で歩いてる姿がですね、なんとも良かったんですよね」

加えて素敵な民宿が段々となくなっていくー。そんな様子を見て「残したい」と思った野嶋先生はある行動をとりました。「こういう民宿がとても良いもんだよってことをゲリラ的にですね、勝手に発表会みたいなのをやったんですね」そしたらまたもや「町の人に認めていただきまして」!その後は、資源マップをつくったり高浜町和田地区の美しいところを24景選ぼうというワークショップをしたそうです。

わたくし、これを聴いておったまげてしまいました。

勝手魂がまちづくりのきっかけをつくっていたのか!

野嶋先生が福井県の各地でまちづくりのプロジェクトを行っている理由がわかった気がします。とにかく地域へ出かけて、素敵だと感じたまちの姿を残したい。そんな素朴な気持ちを行動にうつすと、共感する人が現れ、仲間が増え、地域へ広がっていく。そんな最初の一歩を、野嶋先生は何度も踏み出していたのでした。

 

自律的なまちづくりとは?

勝手魂ではじまり、何回もワークショップを行った。しかし、野嶋先生には問題意識がありました。(ここは削除:外からイベントを持ちかけて行うだけだったら、外部の人が何かをすることを待つような状態になってしまいます。その地域に住んでいる人たちが誇りを持って自走していく仕組みづくりこそ必要だ!まさしく講義タイトルである「自律性」と関わってくる部分です。)

「じゃあこの後どうするのって話もあったんですよね。これで本当に残るのかなとか、本当に大丈夫なんだろうかっていう感じもありました。この風景は住民さんにとっては日常の風景ですので、美しいと思っていらっしゃったでしょうけども、我々が勝手にですね、24景選んでいいかどうかって言ってもしょうがないなっていう感じは正直ありました」

外部の人が「勝手」に行うことから、その地域に住んでいる人たちが誇りを持って自走していく仕組みづくりにつながっていかないか。まさしく講義タイトルである「自律性」と関わってくる部分です。

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

野嶋先生は「まちの自律性」を考える上で、個人、民間、行政が連動していくことを重要視していました。

 

大野と高浜のプロジェクトにみる個人、民間、行政の連動

野嶋先生は、「まちの自律性」を大切にしながら、福井各地でプロジェクトに取り組まれてこられました。取り組んだプロジェクトのプロセスを紐解けば、その様子が伝わってくるはず。ここでは高浜と大野のプロジェクトを通して、まちの自律性を見ていきたいと思います。

まずは高浜町和田地区でのプロジェクト。和田の24景を選ぶ住民ワークショップを行った後、さらに住民や行政と話し合いを重ねて、2009年に第1回目の和田de路地祭を開催。路地祭では空き家や路地を活用して、演奏会やものづくりワークショップ、作品展示や販売などを行いました。

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と、言ってしまうと簡単なのですが、なかったお祭りをつくるのですから簡単なことではありません。学生たちが熱意を持って住民さんに話しかけることを続けたと言います。2回目以降からは、中国の長街宴を真似て、みんなで路地に長い机を置いて食べ物を持ち寄って食べたり。地元の方がモデルになって、古着物のリメイクファッションショーを行ったり。このお祭りは11年続き、多い年には2200人もの人が県内外から訪れたこともあるほどの大きなイベントになりました。

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

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「今日もお越しになっている住民の方が熱意を持って、取り組んでいただいたのが、すごくありがたいなと思います。そうしているうちにやっぱりコミュニティと言いますか、地元の実行委員の方と民宿の方が仲良くなっていくと思いますし、我々もとても楽しく過ごさせていただきました」

続いて冒頭で述べた大野のプロジェクト。野嶋研究室は2011年に大野市の委託を受けて、六間通りの整備を行いました。六間通りと言えば、大野城が見える大野のシンボル街路です。当時の大野市は、6車線の車道に占拠されているのをどうにかできないか?という悩みを抱えていました。

まず野嶋先生が取り組んだのは、全6回の住民ワークショップの企画と実施。ワークショップは「和気藹々(わきあいあい)」ではなく「侃侃諤諤(かんかんがくがく)」だったそうです。

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

「街路を狭めることは本当に大変なことだと思うし、雪捨て場はどこにするんだとか、誰が管理するんだとか、もうすごいです、それは。でも当然だと思うんですよね。自分の生活と直結してるので、そういった方々とワークショップするっていうのは非常に勉強になりました」

さらには、整備のイメージが伝わりやすいように50分の1の模型をつくったり、大野の自治体の方が住民さんへの丁寧な説明を重ねて、合意形成。シェアードサーフェスなどの手法を応用して、いまの六間通りができたというわけです。こう書いてしまうとあっさりしてしまうのですが、それはそれは大変な道のりだったのだろうと思います。当時は、住民を巻き込んだワークショップを行うこと自体がめずらしかった中で、そういう取り組みをした野嶋研究室は先駆的でした。

 

あの風景の裏側に、この人がいた。福井をつくってきた教授の最終講義

講義を聴きながら思いました。まちづくりは、遠い世界の話ではない。

まずは小さく始めて、建物や住民、行政を連動させていくと、人の思いがまちにどんどん現れてくる。

いつも目にする風景や毎日寄る場所の中に、お気に入りを見つけること。

どうしていきたいか考えること。

「こんなまちだといいな」を誰かと共有して一緒に形にしていくこと。

それはもう、まちづくりの入り口なのかもしれません。

福井の風景は、静かに、でも確実に、誰かの“勝手魂”から始まっていました。

この記事を読んだあなたも、ぜひいつものまちを歩いてみてください。

どんなまちだといいなって思いますか。