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ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん

インタビュー

2022.07.27

ニット産業が盛んな山形で、一風変わったものづくりを行うニットメーカー〈ケンランド〉。自社ブランドを立ち上げるまでの経緯や、暮らしを彩るリネンの魅力について、お話をうかがいました。

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん
春夏秋冬、リネンのアイテムをいつも身に付けていると話す代表取締役社長の大沼秀一さん。

1948年にニットメーカーとして創業したケンランド。素材選びからデザイン、製造・販売までを山形市内の自社工場で行っている。2010年には独自のリネンニットブランドをスタートし、国内外から注目を集めた。産業としてのものづくりと、クリエイティビティを育むうえで大切なこと。リネンという素材の魅力について。現社長の大沼秀一さんに話をうかがった。

ニットの産地で、常識にとらわれないものづくり

「自分たちでものを作って、売っていかなきゃいけない。そう思った十数年前からスーツは着ていないし、ネクタイを締めたこともありません。私は一年中、リネンに囲まれて暮らしています。シャツもパンツも、タオルも寝具も全部。今日はオレンジ色のリネンニットのパンツを穿いていますが、膝部分の生地が伸びて出てこないようにするにはどうしたら良いかという長期間の試着中なんですよ」

現社長である大沼秀一さんの父・健蔵さんが創業し、今年で74年を迎えるケンランド。OEMでの生産を長く行っていたが、会社を引き継いだ秀一さんは変化していく環境のなかで、暮らしに密着したものづくりに取り組むようになっていった。そこから長年にわたる研究を経て生まれたのが、自社ブランド「ケンランドリネン」である。

「私は高校から東京に出て、40年前ぐらいに山形に戻ってきました。会社は父親が始めて、製造業としては優秀な会社でした。社員は現在18人ですが、昔は150人いたこともありました。
ただ、うちは県内のニット工場のなかでも昔から毛色が変わっていて、セーターだけじゃなくてコートやジャケットとか、フルアイテム作っていたんですね。そうこうしているうちに、時代の流れとともに産業が衰退していくなかで、我々の会社もどんどん厳しくなっていきました。それで、最後にどうしようかと思っていたときにリネンや麻という天然素材に出会い、ニットの技術を組み合わせたオリジナルの商品開発をしてみようと考えたんです」

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自社ブランド「ケンランドリネン」を作るきっかけとなった、リネン100%の二重の長袖プルオーバー。このタイプで試作したものを自分たちが着て、リネンという素材の機能や心地良さを確信するところからそれらを集約する作業が始まった。

山形から世界へ。老舗ニットメーカーの挑戦

そもそもなぜ、山形でニット産業が発展したのだろうか。理由として考えられるのは大きく二つ。ひとつには、羊毛の需要が高まるとともに羊の飼育が奨励されていたから。田んぼや果樹園が平地であるのに対し、山地の活用法としても有効だったのだ。別の理由としては、かつて軍事物資を作るための編み機を製造する工場があったため、産業として成り立つ環境が整っていたことが考えられる。最盛期の昭和50年代には、大小あわせて1000軒ものニット工場が存在していたものの、今となっては50軒にも満たないのだそうだ。

「我々がその時代ごとの優秀な工場だったら、数十年前には会社が無くなっていたと思います。長年、色々なデザイナーさんの難しい要望に応えたり、普通メーカーさんがやらないようなことをやったりと、ビジネス的でないことに取り組んできたことが、結果的に技術や経験として残ったんです。それから海外の、特にイタリアとの長く関わりがあるのですが、そういったつながりがあったのも大きいですね」

リネンの本場であるヨーロッパの展示会に繰り返し出展していたケンランド。独自に開発したリネンのニットは多くの業界関係者から注目を集め、リネンの世界会議にてプレゼンテーションをする機会が訪れた。その後、フランス・パリに拠点を置く団体〈CELC=ヨーロッパリネン連盟〉の代表が山形の工場を視察。現在、日本で唯一CELCより直接の認定を受けているのがケンランドの製品であり、トレーサビリティのラベル「European Flax®️」はヨーロッパ産の世界基準のリネンの証だ。CELCではリネンニットの教材としてもケンランドのアイテムが使用されている。

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「ケンランドという会社のものづくりの魅力は、やはり働いている人たちだと思います。技術はもちろん一人ひとりが自立しているというか。その感じはすごくありますね」。工場を案内してくれたプランナーの方の言葉が印象的だった。

業界の常識を覆す“リネンニット”という発想

撚った一本の糸をループ状に編み上げたものをニットといい、編み物であるニットはシワが付きにくく、軽くて柔らかいのが特徴だ。それに対し、たて糸とよこ糸を交差させて生地を作ったものが織物で、多くの衣服はこの織物の生地から作られている。リネンのメリットである通気性の良さや汚れにくいという点はそのままに、硬くてごわごわしていてシワになりやすいというデメリットを、ニットの技術で解決したのがケンランドのリネンニット。しかしながら、季節の条件や原料の管理など、自然素材ならではのデリケートな問題は、工業製品を作るうえでもネックになりやすい。

「リネンでニットを編むことは非常に難しく、業界では常識的にありえないともいわれていました。要するに、編み物には全く向いていない、めんどくさい素材なんです。毎年同じものを同じ数だけ作れるとは限らないので生産計画も立てられないし、途中で仕様を変えなきゃいけない場合も出てくる。工場としては成り立たないですよね。例えば料理屋さんで天ぷらが食べたいっていったのに、コロッケが出てきちゃうわけだから(笑)そうなると、なるべくロスを出さないためには、こちらで作っておいたものを買っていただこうと。だから卸しをせずに、自分たちで作ったものを自分たちで販売しているんです」

現在は、織物や草木染、靴をはじめ、リネンにまつわる多くの企業とコラボレーションが進み、商品の幅も広がっている。

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん
ものづくりを追求するうえで、考え方のテーマが近いという書籍2冊を教えてくれた。左は『地球を救え』ジョナサン・ポリット編、芹沢高志監訳(岩波書店)、右は『地球は救える』ジョナサン・ポリット著、筑紫哲也監訳(小学館)。いずれも1991年刊。この本を約30年、考え方の教本として使い続けている。

知っているようで知らない、リネンのこと

夏は涼しく、冬は暖かい。一年を通して快適に過ごすことができるのが、リネンの魅力でもある。ゆえにアンダーウエアとしても最適。フランス語で下着を指す“lingerie(ランジェリー)”は、リネンを指す“linge(ランジュ)”が語源というのも納得だ。

「夏にリネンの肌着を身に付けていると、サラッとしていて気持ち良い。汗をかいてもじっとりしないし、消臭効果があるから汗の臭いもしにくいんです。逆に冬はすごくあったかいんですよ。古い文献を読むとわかるんですが、日本の昔の漁師さんや猟師さんの肌着って、歴史的に麻を多く使っていたんです。それから、エジプトのミイラを巻いている布もリネンです」

リネンは人類最古の植物性の繊維といわれ、近年では約3万8千年前から使われていたリネン布が発見された。水分を含むことで強度が増すため船の帆やロープ、消防用のホースなどにも使われてきた歴史がある。意外なことに、衣類に使われているのはほんの一部で、ペンキの材料や海外の紙幣、アマニオイルなど食用にもなっていたりと、私たちの身近な色々なところで使われている。特に油絵はリネンの文化が色濃く、キャンバスはリネンの布で、顔料の粉を練るのはアマニオイルだ。                                                     

ヨーロッパでリネンの原料といえばフラックスのみを指すが、日本ではリネンやラミーのことを近年まで「麻」と表示していた。厳密にいうと、リネンは亜麻(アマ)という植物の茎から作られる繊維を指し、ラミーは苧麻(チョマ)という茎から作られる繊維である。

フラックスは春に種をまき、夏に半日だけ青紫の花をつける。その後、根元から抜き取り畑に1ヶ月ほど寝かせ、雨露で表皮を腐らせて繊維を取り出す工程に入る。また、一度収穫した畑は6年間の休耕が必要になる。約10年間、ダンケルク・ノルマンディーの農業法人とのミーティングを毎年繰り返し、リネンを知ることに努めたという。

「これも現地の畑に行かなければわからなかったことです。フラックスの根っこは地下4m以上もあるんですよ。そのため土に還るまでにすごく時間がかかるんですね。ただ、農薬も使わないし水を撒くこともなく自然のまま作られる。この原料を使うことで、環境的に負荷の少ないものづくりができるんですよ」

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん
繊維を取り出す前の抜き取った原料と、糸の状態のリネン。触れてみると想像以上に柔らかい。上質なリネンはカシミヤのような質感ともいわれるが、水にも強く丈夫なので、洗濯機で洗っても長持ちするのだそう。

暮らしの中にあるクリエイティブを問い直す

ケンランドリネンの商品といえば、染色加工にもこだわりがあり、豊富なカラーバリエーションも特徴のひとつ。ワンアイテムで60色以上のものもあり、年間では200色以上の新色を作り出している。

「リネンでたくさん色数を作っているのも、誰もやらないからやっているだけ。そういうレサイプ(染色データ)も含めて、残しておくほうが良いのかなとも思っています。それに、色っていうのは心理的な作用があると思いませんか。季節によって感傷的になるっていうのは、多分そういうことなんだろうと思います。あとね、人には似合わない色ってないんですよ。組み合わせやバランス次第で必ずその人が似合うポジションになるんです」

ピクニックシートやパンやワインを入れる手さげ、介護用のサポーターや仕事用のクッション、アウトドアの寝袋。工場内には至るところにさまざまな商品のサンプルがあった。
「こういうのは全部、自分があったら良いなと思って作っているものだから、需要があるかどうかはそんなに意識していません。人が見てくだらないなって思うものを作るっていうのはある意味、快感なんですよ(笑)。うちは本当に量産ってしないんです。大量量産する機械で一枚ずつ少量生産しているというか。メーカーとしての常識ってものがあまり無い。要は、麻という素材の可能性を見つけては作っているだけなんですよね」

ものづくりとは、誰かのためであると同時に、自分のためでもある。インターネット上でも、街の中でも、いつでもどこにいても見聞きするようになった“クリエイティブ”とは、あらためて何なのか。
「新しいものを生み出すのは若者とは限らないし、ある意味では年寄りのほうがクリエイティブかもしれない。今の時代の環境は、情報が簡単に手に入り過ぎることで本質的なクリエイティブが生まれにくい可能性がある。もともと備わっている生活の知恵のような、暮らしの中にあるクリエイティブをどう捉えるかというのが、これからは大事になってくると思っています」

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん
生地に蒸気を当てて伸ばし、収縮をかけている様子。ここでさまざまな仕掛けを行うことで、自宅で洗っても型崩れせず、長年使い続けることを可能にしている。

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん
それぞれの工程ごとに担当が決まっていて、てきぱきと慣れた手つきで作業を行う職人の皆さん。勤続30年以上のベテラン職人から20代の若手まで幅広く活躍する現場だ。「うちの会社はものづくりが好きな人たちの集まり。だから好きじゃないとできない仕事ですね」と大沼社長。

本当の意味でのサステナビリティとは

“プラネットクオリティ(地球の良質な逸品)”をテーマに、環境負荷の少ない原料のもとに作られる、リネンという天然繊維を使ったケンランドのものづくり。SDGsやサステイナブルといったワードを耳にすることが増えてきた今、言葉の持つ本来の意味を考えてみたい。

「サステナビリティというと、私にはなんだか言葉そのものが軽薄に聞こえてしまうんです。“sustainability(サステナビリティ=持続可能性)”というのは、“sustain=支える”と、“ability=理解する、○○できる”から成る言葉ですが、何かあったときに、これはまずいんじゃないかと立ち止まって考えることや、それに伴った暮らしの中での自分の行動や伝え方を意識すること、これが本当の意味での持続可能ということではないかと思っています。こんなことばかりいって面倒臭い年寄りだと思われてもしょうがないんだけど、私が思っているのは、シンプルに今までやってきたことを商品の中で皆さんに伝えていきたいということ。ただそれだけなんです」

ニットのまちで、つくりたいものをつくる。クリエイティブの原点回帰/ケンランド・大沼秀一さん
工場には自分たちで改装したというショップスペースやショールームも併設され、洋服や靴下、アンダーウエアやタオルなど、さまざまなリネンニットのアイテムが並ぶ。

INFORMATION
株式会社ケンランド
山形県山形市双月町1-3-36
023-633-1155
https://kenland.co.jp

ケンランドリネン 公式オンラインショップ
https://kenland.shop-pro.jp

写真:三浦晴子
取材・文:井上春香