ダルマ自転車がゆく!第6回 @ 千歳山公園
今年の春の山形市の桜は、例年よりもだいぶ早く咲きましたね。そして気がつけば、あたりはもう、どこもかしこも新緑がキラキラ輝く季節。春が来ました。公園に行くこの日、わたしが無意識に選んだ服も、春を思わせる黄色いシャツだったワ。

若々しい葉のみどり色に包まれて気分転換したいなあ…と思って向かった先は、山形市の東にドーンとそびえる千歳山のふもと。山形が誇る自然のランドマークと呼ぶにふさわしい千歳山の名をそのまま冠した「千歳山公園」です。

この千歳山公園には、子どもの頃、遠足で一度だけ来たことがあったかもしれないなあ。一歩足を踏み入れて遠い記憶がよみがえってきました。そしてすぐに目に飛び込んできたのは、山形市内を一望する息をのむような景色!手前に13号線、そのすぐ奥に広がる山形市の町並み、そして西方彼方にはまだ雪をかぶった葉山と月山がよく見えます。

それもそのはず。こんな美しい景色が見える絶好のロケーションなのは、江戸時代の初めに山形城と城下町を護る大仏を収めるお堂をこの場所に建てたという場所なのだから。歴史的にも、山形市最古の公園のひとつと言って間違いないでしょう。
職場からも近いのに、数十年訪れていなかったのがもったいない!さあ今から、これまで見過ごし続けてきたこの千歳山公園を満喫しよう!そう思ってダルマ自転車にまたがりました。

山の傾斜をそのまま利用した公園なので、ダルマ自転車に乗って楽しむ平地は公園の中腹に限られます。草が生い茂った地面を漕いで進みますが、スリップしたりしてなかなか難易度の高いコースであります。しかしながら、月に1度だけのダルマ自転車ライド、満喫しないわけにいきませんから、いつもよりスピード控えめでグルグル走ります。ふと顔を上げると、それはそれは大きな安全地蔵尊がわたしをさっきからずっと見守ってくれていたことに気がつきました。



「これ以上無理してダルマ・ライドをするんじゃないよ、そこのお前」と安全地蔵さまがわたしに呼びかけてきてくだすった気がしたので、早々に自転車を降りました。
自転車を降りた後は、あちこちに点在する石碑をながめたり、コンクリートでできたレトロかわいい動物に乗ったり、ジャングルジムに登ったり・・・、千歳山公園を余すところなく楽しみました。



最終的には、童心に返って公園を飛び跳ねてまわりました。童心というより、もはや、無心。ふりかえると、あのとき、わたしはわたしであってわたしでなかったかもしれません。では、誰だったのでしょう?思えばきっと、春の妖精がわたしの身体に乗り移っていたのではないかしら。なぜって、今は木の芽どき。春の陽気は、わけもなく人をときめかせるものです。




なにはともあれ、ゴールデンウィークに、また、これからの爽やかな季節にも、ちょっとしたピクニックに千歳山公園はオススメです。山形市からのアクセスもよいし、空気も美味しいです。ぜひ行ってみてくださいね。
それではまた、次の公園で逢いましょう!
=== Park Information ===

山形市〈 千歳山公園 〉
市民にひろく愛されている千歳山の南麓にあるこの公園は、ソメイヨシノやアカマツをはじめとする多様で豊かな植物に恵まれた斜面にひろがる。山の傾斜をそのまま活かしているので、本文中にある通り、山形市内を気持ちよく眺めることもでき、足から伝わる柔らかな土の感触と季節の植物たちは心休まるひとときを与えてくれもする。
公園の石碑にはこんな記述がある。「本園は、今から約三百年前、山形城主奥平美作守昌章(みまさかのかみまさあき)が、この地に大佛殿を建立して、山形の護りや荘(かざ)りとしたと伝える旧跡である。明治六年(1873)太政官布告により、山形県権令関口隆吉がこの大仏殿跡地を、千歳山公園として県民に開放した。その後、滝山村の管理となっていたが昭和二十九年十月、同村が山形市に編入合併したので、以後は本市が管理、整備し、現在に至った。」また園内にある別の掲示板にはこう記されている。「千歳山公園は明治時代に山形市でも最初の公園として整備されたが、それ以前から物見遊山の歴史をもつ。園内には、文政六年(1823)建立の芭蕉の「眉はきを俤にして紅粉の花」の句碑をはじめ、文政三年(1820)建立の獅子庵(支考)の句碑、堀田文明公を讃えた歌碑、物部守屋大連の碑が建っている。ひときわ高い安全地蔵尊は、千歳山大仏殿の跡に建立されたもので、その台座には大仏殿の由来が刻記されている。銘文によれば「千歳山大仏」は、御丈三丈二尺(約9米余)の木彫の釈尊仏で、寛文十二年(1672)時の山形城主奥平美作守昌章が城の東方守護仏として大仏殿六角堂を建造し、それに納められ、堀田伊豆守正虎の再建にかかるものである。天保三年(1833)火災にあい、傍の鷲峯庵とともに全焼した。後に再建のことが起こり、勧進に努めたが、頭部のみにとどまり完成をみるにいたらなかった。仏頭は平泉寺大日堂にまつられている。」
(那須ミノル)
写真:佐藤鈴華(STROBELIGHT)














