real local 山形山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える - reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える

インタビュー

2023.04.10

現在、手編み草履のモノづくりをしている企業は、国内にただひとつしかない。そんな企業が寒河江市にあることをご存知だろうか? 創業100年を誇る「軽部草履株式会社」だ。山形県に伝わる草履文化の匠の技を要に、国内の手編み草履の95%以上のシェアを占める。

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
左の白い鼻緒のものは、大相撲の三役格の行司用草履。中と右は、近年人気の室内履き。天然素材のさらりとした履き心地が人気。

祭りも大河ドラマも大相撲も
そのほとんどが軽部草履

売上の7〜8割は「青森ねぶた祭」「岸和田だんじり祭」など、日本各地の祭りで使う草履で、それだけでも年間で数万足を生産する。そのほか、時代劇や映画、テレビCMなどで使われる草履、人形浄瑠璃・文楽で人形が履くわらじ、大相撲の行司の草履など、日本の伝統芸能や文化で使われる履物の多くを引き受けているのが軽部草履だ。

全国で伝統の祭りがのきなみ中止となったコロナ禍以降は、売上が激減。今年からやっと春・夏祭りが復活の兆しをみせ、工房内も少しずつではあるがコロナ禍前の活気を取り戻しつつある。そんな現状を、専務の軽部聡さんはこう語る。

「まだ終わったとはとても言えない状況ですが、本当にこの3年間よく残ったなと正直に思います。なんとか持ちこたえられたのは、社員が一丸となって協力できたからでしょう。」

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
お話をうかがった軽部聡さんは2代目(現会長)の3男。代表取締役を務める長男・陽介さんらとともに軽部草履を切り盛りする。社員は家族を含めて7名、そのほかパート2名、内職の職人が10数名ほど。

寒河江・西村山地域は
日本一の草履産地だった

今でこそ、手編み草履の国内唯一企業である軽部草履だが、かつて河北町を中心としたここ寒河江・西村山地域には最盛期で200軒以上もの草履業者が軒を連ねていた。

良質な稲が育つこの地域で草履づくりが広がったのは、今から約200年前、江戸末期のこと。稲作農家の冬季の貴重な現金収入として、どの家でも草履づくりを行うようになり、この地に嫁ぐ女性は、一日に草履を10足編めないと一人前ではないと言われていたという。
昭和初期には草履生産量で日本一に成長。それまでの日本3大産地である三重・奈良・静岡を抜いた。その生産数は、戦前のピーク時で年間2600万足ということからも、当時の規模の大きさを知ることができる。

「父(2代目)が会社を継いだ頃、戦後の生活様式の変化の影響で、まわりの草履業者のほとんどがスリッパ産業やニット産業に転換していきました。そんな中でも変わらず日本の伝統を重んじる文化や祭りがあり、草履は一定の需要がありました。」

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
昭和初期の草履づくりをする農家。当時はどこの家でもありふれた光景だった。(画像提供:軽部草履)

生活様式が変化する中
草履をつくり続け、中国へ進出

年間数万足のニーズに応え続けるためには、一定の生産規模を確保していく必要がある。しかし、「10年後も、地元のおばあちゃん(職人)たちだけで数万足をまかない続けることは難しい」と感じた2代目は、中国への進出を決意した。

「私がまだ1歳頃の話です。当時は中国に進出している企業なんてほとんどありませんでした。父は中国に単身で赴き、貧しい農村部で現地の方々に『農作業の合間の仕事になるんだ』と必死に説いてまわりました。そして当時60代の編み手さんたちを現地に連れていき、根気強く編み手を育成していきました。」

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
工房の一角で出番を待つ祭り用の草履。グリップが効くもの、薄いものなど祭りごとに底の素材が異なる。

「私は普段いろいろな国を飛び回り技術指導をしていますが、言葉が通じない国で、説明しづらいことを教えるのはかなり大変ですし精神的に疲れます。ですから、当時60歳以上の職人さんたちが現地で指導したというのは本当に大変だったはずです。
当時は資金が足りなく、職人さんを常駐させておくこともできませんでしたから、体制として形になるまで10年ほどかかりました。しかし、この時に段階的に進められたからこそ、今のようなしっかりした体制ができたのだと思います。」

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
中国提携工場で編まれた草履表を寒河江の工房で加工する。型に入れ圧縮することで、素材がしっかりと馴染み、サイズを一定にすることができる。

幻の稲藁品種「豊国」を使った
日本で唯一の本格手編み草履

2代目が10年の歳月をかけて構築した生産体制により、生産規模の維持が実現。現在ほとんどの商品の草履表は、この中国の提携工場のスタッフによって編まれている。
そんな状況の中、素材栽培から編みまで全工程を寒河江の本社で行う特別な製品がある。この地にしかない幻の稲藁品種「豊国(とよくに)」を使った豊国草履だ。

「昔このあたりの草履は、すべてこの『豊国』で作られていました。しかし、酒米の品種である豊国は背が高く稲が倒れやすい。しかも収量が少ないので、わざわざこの品種を植えているという方はすでにいませんでした。もう手に入れるのは難しいのでは?と思ったとき、ある農業試験場で豊国の種もみが残ってると聞いたんです。その種もみを分けていただいて、増やしていくプロジェクトに我が社も参加させていただきました。」

地元の伝統を守りたいと立ち上がった寒河江の企業仲間とともに、豊国の復活プロジェクトが始まったのが平成19年。みごとに育った幻の稲藁で、軽部草履のブランド商品「豊国草履」が誕生した。

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
豊国の稲は背丈が120cmを超える。草履用の稲藁にはこの長さと豊国独特の柔らかさが必要になる。現在は、契約農家の田んぼを確保し材料としての豊国を育成している。(画像提供:軽部草履)

山形を代表する伝統工芸品「やまがた県ふるさと工芸品」に認定されている豊国草履。今、この草履を編める職人はわずか数名しかいない。その中のひとり、田川恒子さんは、軽部草履に来て10年になるベテランだ。西村山地域で生まれ育った田川さんは、母が草履を編む姿を幼少の頃から眺め真似していたという。迷いのない手付きでスルスルとワラを編む仕草は、まさに職人そのもの。1足の草履をわずか1時間(片方30分)で編み上げる。

編み手の育成にも力をいれている軽部草履では、13年前に本社の敷地内に「豊国草履伝承館」を建て、毎年冬期間、田川さんが講師を務め、講習会を開催している。

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える
生まれた頃から草履編みが身近にあった田川さん。草履編みから40年以上離れていたが、軽部草履からの呼びかけに応え、後継者育成のために再び草履編みに携わった。

この地で、草履をつくり続けていく

そして、聡さんもまた、田川さんに草履の編み方を教えてもらっている生徒のひとりだ。軽部草履の公式YouTubeでは、田川さんと聡さんが草履編み対決を行っている様子を見ることができる。

一度はここ寒河江を離れた聡さん。紆余曲折を経て兄に次いで会社を継ぐことを決意したそうだが、寒河江にUターンし、軽部草履の一員として働き出したときに感じたことがあったという。

「私が戻ってきたときに、職人さんがとても温かかったんです。私は物覚えが悪くて、何度も『ここはどうしたらいいんだか?』と聞いても、覚えるまで何度でも根気強く教えてくださいました。
軽部草履はこの地域だからやってこられたと思っています。熟練の職人さんたちがこの地域だから残っていてくれている。約100年、この地域で草履屋をやってきて、本当に職人の皆さんに支えられてきたなと感じています。これまでに引退された方もいます。私が戻ってきたときにお世話になった職人さんも亡くなりました。しかし、そういった方々に教えていただいて今があります。それを私達も下の世代に返していかなければと思っています。」

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える

伝統を守ること
柔軟に変化してくこと

最近は、スリッパのように室内で履く草履の売上が伸びている。また、アパレルメーカーやセレクトショップからの問い合わせも多く、積極的にコラボすることも。

「OEM(委託者のブランドで製品を生産すること)では、ご担当者の方とどういうものを作りたいかから、素材や価格帯、鼻緒の種類、個数などをうかがい、オーダーメイドで提案しています。お客様のブランドで染めた生地で鼻緒を作ってみたりも。小回りがきくことが弊社の強みなので、小ロットからでも柔軟に対応をしてお客様に満足していただきたい。本物の草履を長く使っていただきたいですね。」

山形県寒河江市【軽部草履】日本の伝統文化を足元から支える

「草履は『文化』である以上、伝統があります。しかし、時代とともに和服を着る機会は減っていますし、草履のあり方は変わっています。「草履はこういうものだ!」と決めつけず、和装にとらわれない草履を作り、普段履きや室内履きなど、柔軟にアプローチしていきたいですね。」

山形・寒河江の宝、軽部の草履は、これからも日本の伝統を足元から支え、新しい草履のある豊かな生活を提案し続ける。

名称:軽部草履
URL:https://karubezouri.com/

 

取材・文:高村陽子
撮影:渡辺然(Strobelight)