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温泉掘って、山暮らし

西蔵王「竜山の湯」伊藤節さん interview

西蔵王と呼ばれる風光明媚な高原地帯の、細い細い道を登った先に佇む、隠れ家のような日帰り温泉。
近くにそびえる山岳信仰で有名な山から名前を取って「竜山の湯」と言う。2010年頃、当時77歳の伊藤節さんが経営を始めた。四半世紀近い年月をかけた、宿願の温泉びらきであった。

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駐車場に車を停め、美しい栗の木々に囲まれた砂利道をゆっくりと踏みしめて歩けば、風のささやきがあり、木漏れ陽がある。

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駐車場に車を停めたらこの道を歩く。これだけでもう癒しの始まり。

笑顔で迎えてくれる受付小屋の伊藤さんに挨拶し脱衣所に向かう。
浴室と浴槽は木の香りと感触が優しくて、わずかに加温されたこの温泉のお湯はクセもなく柔らかく、いつまででもゆったりと浸かっていられる。
運が良ければ露天風呂も楽しめて(これはひとつしかない露天風呂が日によって男湯だったり女湯だったりするからだ)、見渡す眺望も素晴らしく見事という、素敵な温泉だった。
のんびりと静かに、お湯を楽しみ、景色を楽しむ。入浴料500円。至福である。

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ぬるめのお湯の浴槽と、少し熱めのお湯の浴槽と、そこからの眺め。
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露天風呂。ここで素っ裸のまま時を過ごす幸せ。
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露天風呂からの眺め。手前に秋桜。ずっと向こうの稜線が美しい。

「素敵な温泉だった」と過去形にしたのは、2016年春、竜山の湯が営業をやめてしまったからだ。スタートからわずか5年。ここに掲載した写真もすべて閉店後に撮ったものだ。

湯主である伊藤さんは2年前に大きな病気を患い、以来、回復してからも体力的な問題もあり、週末だけの限定的な営業を続けてきた。が、それも限界だったのかもしれない。
「閉店のお知らせ」の看板が立ったときには、周りで嘆きの声をたくさん聞いた。二度とあのお風呂に入れないのは寂しすぎる、と。
伊藤さんが事業を継続するためには、体力の問題とか後継者問題とかいろいろなハードルをクリアしなければならないのだろう。それでも、やっぱり、山形暮らしのこれからの未来にあの温泉は残っていてほしい。そんな思いで伊藤さんに会いに西蔵王の山奥へ向かったのだった。

伊藤さんが語ってくれたのは、温泉の夢であり、経営の面白さであり、また時には移住の難しさであり、そして山に身を委ねる暮らしの楽しさや厳しさだった。

ということで、以下、30年もの時をかけて山形の山奥に住み着いた移住者の大先輩、伊藤節さんのお話です。

—  温泉を続けることは難しいでしょうか。

(伊藤さん)温泉をやるのは、そりゃあ楽しいよ。僕自身は小商人として育ってきて、朝から晩まで「おはようございます」「ありがとうございます」「またどうぞ」って言って生きてきた人間だから、温泉という商売にだってなんの違和感もない。
でも、お客さんと顔を合わせるとなるとね、やっぱり片手間にはいかないよ。
朝の仕事も5時から始まるし、人が来れば来ただけ、お湯のコントロールとか微調整とかやらなきゃいけないことが増えていくからね。どうしても、疲れるんだろうな。体力の問題もあるし、管理しきれないんだよね。

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竜山の湯の伊藤節さん。山と温泉の暮らしを深く愛してしまっている。

今でも、店を閉じたことを知らずにお客さんが来てくれるし、やっぱり「もったいない」っていう想いは心のなかにあるけれども、僕の子供たちがこの温泉を引き継ぐことはないし、それは僕の望みでもない。それぞれの人生を歩んでいるんだしね。
それに、人に頭をさげる商売っていうのは大変だし、ここのお風呂をやっていくにはそれ相当のお金もかかるんだよ。

— そもそもなぜ伊藤さんはここで温泉を?

(伊藤さん)ここに温泉を掘ったのはもう30年近くも前のこと。
その頃の僕は東京で会社経営をしていたんだけれども、この山形の西蔵王の土地に温泉施設を作ろうと決めたの。昔、戦時中に山形に疎開して来たんだけど、その時の山での楽しい思い出が忘れられなくてね、晩年はこっちに来て山に暮らそうって決めていたの。
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土地を買い、土地をならし、温泉を掘って、電気を引いて、設備を増やしていって。ホテルの計画も立てて設計まで用意していたんだけど、地元の反対もあったりしてね、結局うまくいかなくなっちゃったの。

当初の計画は挫折したけど、それでも、時間をかけて、小屋を作ったり自宅を建てたり、ゲストが泊まれる場所を作ったり、露天風呂も作ったりしてきた。
まあ、趣味の延長みたいなものが出来あがったのかな。それでね、自宅のある千葉の市川から車でここに来て、毎週末をここで過ごすという生活をしばらく続けたの。本格的に、1年のほとんどをここで過ごすようになったのは、7、8年くらい前からかな。「竜山の湯」をオープンさせたのは、さらにその2年後のことだよ。

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— お風呂をやめて、今は?

(伊藤さん)木を切ることも、草刈りも、枝集めも、薪を運ぶことも、火を焚くことも、好きだからこの山で暮らしているの。近くの人たちが時どき枝豆とか大根とか持って来てくれることもあるよ。今、僕、83歳なんだけどね、そうやって周りに助けられているってことが大きなことなんだよね。こういう人との繋がりもね、30年かけてようやくできあがったものなの。
いくら「伊藤さんは変わりもんだ」って言ってもね、大きな空間の大きな暗闇のなかでひとりで生きていくってことは大変よ。
それでも、今は便所はあるんだし水は豊富だし、昔の山の生活とは違う、恵まれたものだと思うよ。

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 竜山の湯に再び入れる日を期待しているのですが。

(伊藤さん)ありがとう。僕もね、どうにか続けていけるようにって考えてはいるよ。
こんな田舎の奥に隠れたような温泉でも、遠くから癒しを求めてくるお客さんがいっぱいいらっしゃるしね。飯豊や吾妻といった山々の美しい稜線を望めるここの眺めは山形のなかでも素晴らしいものだしね。

だけどやっぱりね、ここを運営するには、設備をよく知らなきゃいけないし、そう遠くないうちにリニューアルもしなくちゃいけない。相当のお金もかかってくる。若い手伝いが来てくれたとしても、そう簡単にやれるものでもないんだ。設備は回さなきゃいけないから、今でも時どき動かしているけどね。

市川や東京にいる僕の家族は、長い年月をかけてここまでやって来たっていうことを知っているから「もう、お父さんが好きなようにやったらいいじゃないですか」って言ってくれているの。
だからね、ここの生活のなかに自分なりの楽しさを見つけて、残された時間を過ごしていきたいってそう思っているよ。まあ、あなたも、ここで僕と山の生活をしてみたらいいじゃない。楽しいよ。

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あなた、移住の話が聞きたいって言うけど、昔はね、「移住」なんて言葉使わなかったな、僕が山形に来た頃はね。
大事なのは自分からの積極的な生き方。「自分はこうしたい」っていうはっきりした意思表示。それがあればどこでだって生きていけるよ。

逆に、迎えるほうの側だって本当に「来てください」という想いをもって迎える覚悟があるのかっていうのもあるしね。移住とは、趣味のようであっても決してそうじゃない。自分の財産を賭けて来るものなんだからね。

まあ、また話をしにいらっしゃいよ。

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屋号

竜山の湯(現在閉店中)

住所

山形県山形市神尾488

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