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「 感動は、一度捨てたほうがいい 」    俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3

「 感動は、一度捨てたほうがいい 」     俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3

   蛸壺やはかなき夢を夏の月

松尾芭蕉によるこの句を目にして、どのような情景を思い浮かべるでしょうか。このたび山寺芭蕉記念館開館30周年を記念した講演会で俳人の黛まどかさんが山形市を訪れ、虫や小動物をも主題とする日本人の自然観や、世界で俳句がどのように受け取られてきたかなどについて講演しました。

「 感動は、一度捨てたほうがいい 」     俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3

平成22年度には文化庁文化交流使としてヨーロッパ各地に赴いた黛さん。その際、フランス人が詠んだ俳句に、「私の」という所有格でくくられた自然に対する表現を見つけ、少し違和感をもったそうです。なぜなら日本人の自然観は、自らは自然の一部として捉えられるからだと黛さんは言います。自然をありのままに詠む俳句において、作者の視点とはどのように存在するのでしょうか。俳句のなかの自然と人との関係性、その表現における「主観」のあり方には、あらゆる創作に通ずる深い示唆があるように感じます。講演後の黛さんにお話を伺いました。

「 感動は、一度捨てたほうがいい 」     俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3

俳句とは
「もの」の文学

冒頭の芭蕉の句について、黛さんは講演のなかで次のように語りました。

「明日の朝には海から引き揚げられてしまう蛸。その束の間の淡い夢に思いを馳せる芭蕉。日本人は人と自然とのあいだに何ら仕切りを置いていません。自然と一体化させるべくもなく、最初から溶け合って、自身と対象との境目がなくなっているのです」。

17音節という限られた言葉からこの静かな海の月明かりを切実に眼前に感じるとき、作者である芭蕉は、蛸とも海とも一体となって、その風景全体のなかに沈み込むような印象を受けます。芭蕉は弟子の服部土芳が芭蕉の言葉をまとめた『三冊子』のなかで、詠む者の心が外側の物と一体化して、それが句のすがたとして定まるものだと説いています。また、黛さんは著書のなかで、俳句は「もの」の文学であり、「もの」をつぶさに観察し、ひたすら「もの」に語らせるのだと書いています。しかし、まず何かに感じ入る心があるから創作するのだとすると、その感情は作品になる際にはどのようにかたちを変え、対象全体と一体となって昇華されていくのでしょうか。

「 感動は、一度捨てたほうがいい 」     俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3

大切にしている
「欲しがらない」の一言

「その距離のとり方は、若いときは特に難しいものですね」と黛さん。

「自分というものが大きくて、やはり自分の思いを詠みたいし、自分が感動したものを知ってもらいたい。でも、私が最近思うのは、自分が感動したことなんかは、一遍捨てたほうがいいということなんですね。所詮、感動なんて自分を起点にするもので、自分から一歩も出ていない。それは大したことじゃないなあと。だから、一度そこから離れるために捨てて、それから再び心が動いた原点に立ち戻るということが、とても大事なのではと思うんです」。

「 感動は、一度捨てたほうがいい 」     俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3

続けて黛さんは、いま一番大事にしている言葉は「欲しがらない」という一言なのだと教えてくれました。何かに拘泥するとき、結局自分は欲しがっているのではないか。その自分を一度捨てると、見えていなかったものが見えてくる。個を超えた普遍的なものに到達するためには、そこから出発するしかないのではないかと。

スペインのサンティアゴ巡礼や四国遍路などの1000キロ以上の道のりを度々踏破し、俳句の原点にある自らの身体性と対峙してきた黛さん。サンティアゴ巡礼では、炎天下の麦畑を歩き続けて息も絶え絶えになったそう。そのとき、遠くに見えた木陰を求めて力を振り絞って近づくと、「なんと巡礼者で満員で(笑)」。けれども、誰かがやって来るたび、すっとそこを発つ人がいる。長い道のりを歩き継いできた者同士が、ごく自然に木陰を譲り合う、そんな光景に出合ったと言います。

「 感動は、一度捨てたほうがいい 」     俳人 黛まどかさん/わたしのスタイル3
黛さんの著書『奇跡の四国遍路』。通し遍路に挑み、限界を超えて歩き続けるなかで出会った風景や人びととの一期一会が、温かくも静かな眼差しで綴られています。

ユーモアと観察眼。静かに語られる一つひとつの外連ない言葉は、芭蕉の眼差しとも重なりながら、やわらかな余韻を運びました。

なお、山寺芭蕉記念館では常設展「芭蕉の生涯」を常時公開しています。ぜひお運びください。(休館日等はホームページをご覧ください)

<プロフィール>
黛まどか(まゆずみ まどか)

俳人。神奈川県生まれ。2002年、句集『京都の恋』で山本健吉文学賞受賞。1999 年にスペインのサンティアゴ巡礼道、2017年に四国遍路を踏破。「歩く旅」をライフワークとする。2010年より1年間、文化庁「文化交流使」としてパリを拠点に欧州で活動。2017年よりテレビ朝日・BS朝日『あなたの駅前物語』の語りと俳句を担当するなど、幅広く活躍中。この年末にはパリで講演を行う。現在、「日本再発見塾」呼びかけ人代表、北里大学・京都橘大学・昭和女子大学客員教授、「公益財団法人東日本鉄道文化財団」評議員。岐阜県大垣市「奥の細道むすびの地記念館」名誉館長。著書に句集『てっぺんの星』(本阿弥書店)紀行集『奇跡の四国遍路』(中公新書ラクレ)他多数。

photo: Isao Negishi