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郁文堂書店のリノベーション/町にまなび、町にさわる(3)

地域の連載

2020.12.18

都市の風景を塗りかえるような取り組みをさまざまに展開している若き起業家・追沼翼さんによるアクティビティ・レポート・シリーズです。(前回のレポートはこちら)

郁文堂書店のリノベーション/町にまなび、町にさわる(3)

クラウドファンディングによって資金を調達できた僕らは、施工図面をまとめ、いよいよ工事に向けた準備を進めていました。

はじめての見積もり
前向きなDIYワークショップ

2016年12月20日。施工会社から待ちに待った見積もりが送られてきました。
「これで伸子さんと僕らの理想を詰め込んだプランを実現できる!」興奮冷めやらぬままメールを開くと、そこに書かれた額面は約270万円。驚きのあまり、冷や汗が止まりませんでした。そこに書かれた額面は、想定予算の3倍もの金額だったからです。

さて、どうしたらいいのか。僕らはどうにかして工事費用を1/3まで減額しなければなりませんでした。そこで工事を「職人さんによる施工」と「DIYワークショップ」の2つの工程に分けて進めていくことにしました。

地域の人たちによる参加型DIYワークショップで施工するとなれば、もちろんプロのような精度は見込めません。しかし、それを行うことは決してネガティブな苦渋の選択というわけではなく、むしろとてもポジティブなものと僕らは受け止めていました。

その理由は、ともにプロジェクトを行っていた芳賀くんの原体験にありました。かつて彼が遭遇した、実家が引き渡されるというタイミングでのことです。工事は完了するちょっとまえの段階であったため、彼は職人さんとともに台所のタイルを貼るという経験したのだそうです。そして、その経験をしたことがきっかけで、彼は家に対する愛着をより強く感じるようになったというのです。さらには大学の建築学科を目指すことになった、と。

建物との関わりというのは、建物が完成したときから始まるのがふつうです。でも、もし準備期間のうちから建物と関わり始めることができたら、よりその空間に愛着を抱くことができるかもしれない。DIYワークショップすることでその経験を提供し、そこで生まれる愛着を多くの人と共有できるのではないか、と僕らは考えたのです。

郁文堂書店のリノベーション/町にまなび、町にさわる(3)

町とクリエイティブが近づいたとき

実際に地域の方や学生たちとワークショップをはじめると、予想をしていなかった交流がどんどん生まれました。僕ら学生が作業をしているすぐ隣におじいちゃん、おばあちゃんが集まっては好き勝手意見をしたり、お茶を飲んだり、時には差し入れを持ってきてくださったり。一見共通言語を持たないような世代と世代が、同じ時間と空間を共有し、交わりを持ったのでした。

「アートだとか、クリエイティブだとか、さっぱりわからないけれど、伸ちゃんの店を手伝ってくれるなら、何かさんな、ならねえなあ」

商店街のご年配の方たちにとって、新しい事業者たちが町に入ってきてくれたことは嬉しいことだったそうです。一方で、「アート」や「クリエイティブ」というものが少し縁遠いものに感じてもいたと言います。しかし、長年、商店街で商いを続けてきた郁文堂書店という馴染みある店舗で、こうしてリノベーションが行われたということによって、クリエイティブやアートをより身近なものとして感じることができるようになった、とも言ってもらうことができました。

郁文堂書店のリノベーション/町にまなび、町にさわる(3)

依頼のない
建築設計の可能性

2017年4月8日、やっとの思いで新しい郁文堂書店のお披露目会の日を迎えました。
多くの方に見守られながら、伸子さんのスピーチがはじまりました。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。昨年、80歳という節目を迎えて、店仕舞いとともに、人生の身支度のことばかり考えていました。けれども、今ではこの郁文堂書店を開くことで、人や町のためになれることを嬉しく思っています。多くの方に支えられてオープンを迎えられたこと大変嬉しく思います。すっかり、私の心までリノベーションされました」

こうして「郁文堂書店再生プロジェクト」はひとつの完成の段階に到ることができました。

改めてこのプロジェクトを振り返ると、明らかに一般的な建築設計のものとは違うプロセスを辿っていたことに気がつきます。

ふつうはクライアントからの要請があり、発注があって、建築家による設計がなされ、そして建物ができていきます。しかし、このプロジェクトを発案したのは、クライアントでもオーナーでもなく、まったく無関係の僕ら学生でした。そして、僕らは「こういうことがしたい」ということをオーナーに伝え、そして理解してもらいました。プランを立てたのも設計したのも僕らで、そこで必要になるお金を調達したのも僕らで、足りない部分は多くの人の力を借りてみんなで手作りしました。

これはひとつの方法論だと思いました。もしかしたら、これを繰り返せば、新しいことが行えるかもしれない。そんな予感が生まれました。

つづく