【愛知県・岡崎市】日本酒が生まれる里山へ 神水の「脈」をつむぐ一棟貸しの宿
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岡崎市の北部、豊田市との県境にほど近い保久町神水(ほっきゅうちょうかんずい)。自然と人が調和するように暮らすこの地に、一日一組限定の宿「脈」がオープンしました。宿を運営するのは、神水で天保元年より酒造りを続ける老舗「柴田酒造場」の柴田佑紀さん・充恵さん夫妻と、岡崎の市街地で「オカザキ マイクロホテル アングル」を営む飯田圭さん。柴田夫妻と飯田さんの地域への想いが合致して動き出した宿「脈」の構想。そのストーリーをお聞きしました。

清らかな岡崎の里山・神水の
可能性を広げる宿をつくりたい

愛知県岡崎市と豊田市の境にある額田・下山地区は、森林と清流、水田が広がる自然豊かな地域です。その中でも神水は、地名にもなっている硬度0.2という超軟水の湧水「神水(かんずい)」に恵まれています。柴田酒造場は、天保元年(1830年)よりこの地に蔵を構え、酒造りを続けてきました。

「この辺りは良質な石の産地として知られています。柴田酒造場の井戸がある山林も、硬い花崗岩(かこうがん)を基盤としているため、雨水は地下深くに浸透せず、地表近くを流れて井戸に集積し、ミネラルの少ない軟水になります。一般的にはミネラルを多く含んだ硬水が酒造りには向いていますが、私たちは酒米を自社で栽培し、技術や酒米の削りに工夫を凝らすことで、口当たりが柔らかくまろやかな神水の良さを活かした日本酒をつくっています」と、佑紀さん。

現在、柴田夫妻は充恵さんの実家の家業である柴田酒造場の9代目として事業を継承。より多くの人に柴田酒造場の日本酒や神水地域の魅力を知ってもらいたいと、酒蔵の敷地にあった蔵を改装して発酵をテーマとしたカフェをオープンしたり、休耕地を活用して酒米づくりを始めたりと、新しい試みをしてきました。そんな柴田夫妻がいつか実現させたいと温めていたのが、神水に宿をつくる構想でした。
「柴田酒造場の酒造りは、地域性や土着性をテーマにしています。だからこそ、神水に滞在し、土地の自然や風土を感じながら私たちの日本酒を味わってもらいたいと考えました。あるとき、山梨県にある一棟貸し宿に泊まったのですが、そこがとても素敵で。飯田さんが一棟貸し宿をつくりたいとSNSで発信していたのを思い出して、帰ってきてすぐに連絡しました」と柴田夫妻。
連絡を受けた飯田さんは、「一緒にやろう」と即答。「『アングル』では、岡崎の暮らしを知ってもらうためのツアーやプランを企画しています。柴田酒造場の酒蔵ツアーをやらせてもらったこともあり、以前から柴田夫妻とはつながりがありました。神水には岡崎の市街地とはまた違った里山の暮らしがあり、豊かな土着の文化があります。神水に宿をつくったら、岡崎の奥深い魅力をもっと多くの人に知ってもらえるだろうと思いました」。

柴田夫妻と飯田さんの地域への想いが合致し、神水に一棟貸し宿をつくる構想はとんとん拍子に進んでいきました。
見て、触れて、聞いて、呑んで
テロノワールを五感で感じられる宿

宿「脈」があるのは、柴田酒造場の酒蔵から緩やかな坂道を下ってすぐの場所。郵便局だった建物をリノベーションして、2026年1月にオープンしました。
郵便局時代の面影が残るレトロなレセプション、築100年の建物を改装した宿泊棟2階の眼下に広がる酒米の田んぼ、地元で採れる御影石や片麻岩、スギやヒノキの表皮などを使い、職人や作家さんがオリジナルで制作した家具や照明。宿を構成する一つひとつに、地域の文脈を汲み取ったデザインが施され、この地域が紡いできた“脈”を豊かなストーリーで伝えています。



「ここは、郵便局の前は銀行や電話交換局として使われていた地域の拠点のような場所。長らく空き家で取り壊しも検討されていましたが、地域の魅力を伝える宿として活用したいとお話ししたところ、家主さんも応援してくださいました」(佑紀さん)
「入り口にはしだれ梅の木があるのですが、郵便局にかつて勤務していたという方が、自分が植えた木なのだと教えてくれました。そうやって地域の方の思い出がつむがれてきた場所を、私たちが宿として引き継いだことは意味があると思っています」(充恵さん)

「脈」でいただく食事は、岡崎市の料理家さんがプロデュース。近隣の農家が育てた野菜など、季節の食材を日本酒とともに楽しめます。

裏庭には、納屋を改装したサウナも完備。このサウナは、日本酒になる体験ができるというユニークなコンセプトをもっています。サウナに入り、水風呂で整う行為は、酒米が蒸れ、麹室で麹となり、仕込み水と合わさり、発酵して日本酒になっていく工程そのもの。
近隣の林業事業者が山で間伐した薪をストーブを焚き、日本酒の仕込み水と同じ水脈の水風呂に浸かり、大きな御影石の上で整う。ここにも、地域の文脈がとことん採用されています。

脈々と続く営みと、その必然性。
そこに新たなストーリーをつむいでいく。

「脈」の周囲はとても静か。聞こえてくるのは木々を揺らす風の音や虫の鳴き声。夜には暗闇と静寂に包まれます。都心の暮らしでは得られない体験に、里山暮らしの豊かさを感じられます。
一方で日本の中山間地域が抱える課題は、神水にも顕著に見られます。
「少子化の影響で小学校の児童数が減っていたり、保育園が閉園してしまったり。空き家や耕作放棄地が増えて、景観にも影響が出ています。このままでは、ここで生まれ育った子どもたちが地域に誇りをもつのは難しく、地域の魅力を上げていく必要があります。『脈』ができたことで、神水に足を運んでくださる方の層が厚くなっていけば、地域にもよい影響があるのではないかと期待しています」と佑紀さん。

「まちづくりという言葉がありますが、まちをつくっているのは何かといえば、日々の営みであったり、地域に目を向けながら日々事業をつむいでいる人だったりするのではないでしょうか。神水の風土や自然があって柴田酒造場の酒造りがあるように、暮らしに根づいて積み重なってきたもの、脈々と続いているもの。その必然性にロマンを感じます」と飯田さん。脈々と続く自然と人の営みを次世代へつなげていく。その一端を宿「脈」も担っていきます。

取材を終えて……
長年使われなくなっていた建物をリノベーションし、自分たちの手も動かしながら完成させた一棟貸し宿。費用も工数もかかる大がかりなプロジェクトは大変で、途方もなかったと話す柴田夫妻と飯田さん。その言葉とは裏腹に、この場所から新しい“脈”をつむいでいくことの面白さと期待に胸が躍っていることも伝わってきました。「脈」が誕生したことで生まれる地域の新しいストーリーはどんなものになっていくのでしょうか。話を聞いた取材陣もワクワクが止まりませんでした。














