【連載】わたしと山形国際ドキュメンタリー映画祭|vol.2 井上春香 さん
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世界的にも評価の高い映画祭として有名な「山形国際ドキュメンタリー映画祭」。1989年より隔年開催され、以来、国内外の映画ファンや山形市民に支持され続けています。このシリーズは、市民一人ひとりが主人公の物語。映画祭にまつわるリレーインタビューをお届けします。
Q.あなたの記憶に残る、山形国際ドキュメンタリー映画祭の思い出を聞かせてください。

「わからなさ」を感じること、何かを好きでい続けること
井上さん:
山形国際ドキュメンタリー映画祭(以下、YIDFF)には、20歳前後ぐらいの頃に、父に頼んで車で連れて行ってもらったことがあります。高校を卒表してからは東京に住んでいたので、帰省していたタイミングでした。映画祭の会場がある山形市までは、実家から車で1時間弱。といっても観るのは私だけで、父は映画に全然興味がありませんでした。
映画祭というものを知らなかった私は、とりあえず会場に行けばなんとかなるだろうと思っていました。でも、いざ会場に着いてみると、自分が知っている監督の名前がひとつもありません。映画チラシもないので、観たい作品をどう選んだらいいのかもわからないといった状態。わざわざ車で連れてきてもらったのだから、何でもいいからとりあえず一本だけ観て帰ろう。そんなふうにして選んだのが、パトリシオ・グスマン監督の『光のノスタルジア』という作品でした。
正直なところ、当時の私に残ったのは「観た」という事実だけで、作品の理解を深めるところまでは辿り着くことができず、それがなんとも悔しいというか、情けないやら恥ずかしい、みたいな感情がありました。
私の実家は祖母の代から美容室を経営しているのですが、中学校の卒業文集では「お店を継ぐつもりです」なんて調子の良いことを書いておきながら、高校卒業後は元々興味があった「映画関係の仕事に就きたい」と言って実家を出ました。
10代のころ親しんでいたのは劇映画が中心で、大学時代に劇場と小さなギャラリー、カフェを備えた配給会社でインターンをするまでは、ドキュメンタリー作品にはほとんど馴染みがありませんでした。別にそれは何も悪いことではなく、それまで「出会わなかった」だけなので、今思えばそんなふうに思うことはないのですが。
でも、だからこそ、このときの「わからなかった」経験は、私にとって大事なことだったと感じています。「興味があるならもっと突き詰めてみろ」と、勝手に喝を入れられたような気持ちになったからです。
初めての映画祭から10数年後。2023年に再びYIDFFを訪れる機会がありました。過去の学びを生かし、観たい作品に印を付けたタイムテーブルの紙を片手に会場へ。すると、「アズ七日町」のエスカレーターを上っていたところ、反対側の下りのエスカレーターに見覚えのある方が。かつてインターンしていた配給会社の社員の方だったのです。急いでエスカレーターを降り、見かけた場所に戻ったものの、そこにはもう姿はありませんでした。
今、私は映画の仕事には就いていません。インターン後はそのまま配給会社でアルバイトをするわけでもなく、人並みに就職活動したものの思うようにはいかず、そこから何の脈絡もなく美容エステサロンに新卒で就職。その後は編集プロダクションに転職し、さらに別の出版社を経て、フリーランスで編集や文章に携わる仕事をしている、という雑多な経歴で今に至ります。ただ、「好きなことを仕事にするとはどういうことか」は、配給会社でのインターン時代に学ばせてもらったと思います。
当時のことをぼんやりと考えてみたり、さっきはもう少し早く気付いて声をかけていれば、と残念に思ったりしながらも、上りと下りのエスカレーターがゆっくり交差しながらすれ違ったときのことを思い返しながら余韻に浸っていると、またしても劇的な展開がありました。
映画を何本か観た後、『ブリング・ミンヨー・バック!』という作品の野外上映を少しだけ覗いて帰ろうと「やまぎん県民ホール」の前を歩いていると、客席の後方に、エスカレーターですれ違った例の社員の方が立っているではありませんか。ずんずんと歩いて近付いていって声をかけ、そこでようやく再会を果たすことができました。
映画と映画館という存在が好き。子どものときから、30年近く経った今でも変わりません。それは何かを極めたというわけでもなく、自分なりの付き合い方をしてきたというだけです。その過程でドキュメンタリーというジャンルにふれ、映画の世界はぐんと広がりました。いろんなテーマやアプローチの手法があるので、観れば観るほどわからなくなり、戸惑います。まだまだ自分の知らない、わからない世界がある。それが面白いのです。
映画にしても何にしても、好きなことというのは自分が手放さないかぎり、人生の相棒のような存在として支えになってくれます。また、どこかで巡り合ったり、あるとき点と点がつながったりする瞬間が必ずあります。それが、何かを好きでい続けることの醍醐味なのだと思います。

プロフィール
編集・ライター
井上春香(いのうえ・はるか)さん
1987年、山形県生まれ、東京都在住。暮らしをテーマとした月刊誌の編集部に所属し、取材・執筆に携わる。その後、実用書やエッセイ、絵本を中心とした書籍の出版社で広報・流通業務などを担当。現在フリーランスの編集・ライターとして活動中。












