寝ても覚めても|食品サンプル職人という生き方
喫茶店や飲食店の店先で目にする食品サンプル。古くから食文化が豊かだった大阪で、独自の発展を遂げてきました。
大阪市福島区にある「食品サンプルふじたま工房」。食品サンプルを生み出す工房があるのは、なんとご自宅の1階です。
暮らしの延長に仕事場を設け、まさに“寝ても覚めても”食品サンプルと向き合う日々。工房の主・藤田真美子さんに、現在の仕事を選んだ理由や食品サンプルづくりへの想い、そして職住一体で暮らすことについてお話を伺いました。

さまざま職歴を経て辿り着いた「食品サンプル職人」という仕事
――現在のお仕事に就かれるまでの藤田さんの職歴がとても面白いなと思いました。あまり一般的な経歴ではないと思うのですが?
「現在の仕事に就くまでに漫画家のアシスタントと郵便局のコールセンターのアルバイトをしていました。もともとデザイン系の専門学校を卒業していて、漫画家のアシスタントは10年近くやりましたね。郵便局のコールセンターの仕事とは並行してやっていました。
昼間はコールセンターの仕事をして、夜は漫画家のアシスタント。漫画家さんは夜型の人が多いので、夜中に仕事をして朝方に寝て、10時に起きるみたいな生活なんですよ。
20代の頃は少し体が弱かったのもあって通院しながら働いていたので、時間の融通がきく仕事である必要があったんです。そんな理由もあって、アシスタントとコールセンターの仕事を続けていました」

――そんな職歴を経て、現在の仕事を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか?
「長らく通院していましたが、そろそろ病院を卒業してもいいかなというくらいに回復して。そのときふと、“モノをつくる仕事がしたい”と思ったんです。
“モノづくり”というキーワードで検索していたときに、食品サンプルの製造・販売会社が運営している職人養成スクールを見つけて。それをきっかけに漫画家のアシスタントもコールセンターの仕事も辞め、スクールに通い始めました。
もともとコールセンターの仕事も家から3分くらいで通える距離にあるからという理由で始めた仕事だったので、仕事の方向転換に迷いはありませんでしたね。
当時の年齢は30代後半。“残りの人生、好きなことを仕事にしたい!”と思いました。」
天職との出会い。脳裏にあった“食品サンプル”の記憶
――モノづくりの中でも、食品サンプルを選んだのはなぜだったのでしょうか?
子供のころ家電量販店の冷蔵庫コーナーで、冷蔵庫の中に食材の模型や食品サンプルが置いてあったじゃないですか。扉をぱかっと開けると中に並んでいたあれ。あれが好きだったんです。そのときの記憶が脳裏にあったんだと思います。
実は専門学校に通っていた20歳くらいのときにも一度“食品サンプルをつくる仕事に就きたい”と思ったことがあったのですが、そのときは入り口がなかったというか、どうやったらその仕事に就けるのか、どこかでつくり方を学べるのかさえもわからなくて……。
それから約20年の月日が流れ、再び調べてみたら、職人養成スクールの存在を見つけて、そこから道が開けたという感じです。」

――「TVチャンピオン極」という番組の企画で優勝されたこともあるとか。それは食品サンプル職人になってから何年目ですか?
「スクールを卒業した後、2年ほどスクールを運営している会社で職人として働いて、その後独立しました。番組に出演したのは独立して3ヶ月くらい経った頃ですね。働いていた会社から“こんな話がきてるんだけど”って紹介があって、ちょうど独立したばかりで時間もあったので、記念受験みたいな感じで挑戦してみようと思い、『出演します』とお返事しました。」
――それで優勝するって、すごいことだと思います!
「そうですよね(笑)。『やったー!』というよりは『えっ、私でいいの?』という気持ちの方が大きかったです。
出演されていた職人さんは皆さんベテランの方ばかりで、技術的には皆さんの方が強いと思うのですが、食品サンプルって別にルールはないので。最後“本物そっくり”にできればOKなので。自分はまだ新人だったから知らないことの方が多くて、とにかくリアルにつくることしか考えてなかったですね。
逆に慣れてくると、たとえばマグロをつくるときはこの赤色を入れて、灰色を塗ってこうつくる。ラーメンだったらこれとこれを入れて固めて完成、みたいな固定概念ができてしまう。新人だった自分はその固定概念がない状態で挑めたのが良かったのかもしれません。
そのときの審査基準が“リアル”とか“美味しそう”がテーマだったので、とにかくリアルにつくることだけに集中して、審査員にもそれが伝わって、優勝できたのかもしれないですね。
経験値ってとても大切なことです。体が覚えているから勝手に手が動くみたいな。でもこのときの経験から “固定概念にとらわれないように”と、今でも自分に言い聞かせています。」

暮らしの延長に工房を構える
――藤田さんとのご縁は、大阪R不動産を運営するアートアンドクラフトがご自宅のリノベーションを担当したことからでした。
「賃貸住まいからそろそろ自分たちの家を持とうかと物件を探していたときに、たまたまアートアンドクラフトさんが福島区で開催していたリノベーション済み住宅の見学会を見つけたんです。
1階がガレージで、2〜3階が住まいという間取りに『こんなのができるんだ。これなら自宅でも工房ができるかも……』と思いました。
その物件を見つけたのは、なんと見学会最終日の早朝!慌てて参加を申し込み、見学に行きました。
そのとき『リノベーション済みの物件を購入する方法以外にも、中古物件を購入して自分好みにリノベーションするという方法もありますよ』と提案してもらって。
もともと福島区は希望エリアには入っていなかったのですが、梅田にも近くて、程よく下町感もある。しかも近くに同業者の工場もないので『福島区もアリかも?』と思い始めたときに、ちょうど今の自宅が売りに出ているのを見つけて。購入してアートアンドクラフトさんでリノベーションをお願いしました。」

*リノベーションの設計施工はアートアンドクラフト
――暮らしの延長に仕事場がある環境はいかがですか?
「自宅と仕事場の距離がゼロなので、気づけば夢中になってやっているなっていうのはありますね。絵を描くのも同じかもしれませんが、どこまででも手をかけられてしまうんです。
でも仕事なので締切もあれば、予算もある。相手の方が何を求めているのかを見極めて、最優先事項を決めて取り組んでいます。住まいと仕事場の距離が近いので、なかなか諦めがつかないっていうのは、デメリットな部分でもあるかもしれませんが(笑)。
以前住んでいた賃貸の戸建てでも自宅で作業することがありました。でも普通の住宅仕様だったので、台所と作業場が兼用みたいな……。
夫が夕飯を作ろうと思ったらコンロの周りにクリームソーダが大量に並んでいて『ごめん、いま台所使えない!』とか、お風呂に入ろうと思ったら浴槽のふちに作品を並べて換気扇で乾かしていたりとか(笑)。
今は工房と住まいが1階と2階で分かれているので、作業の途中でも、仕事に煮詰まったときでも、そのままにして暮らしに戻れるのが嬉しいです。



食品サンプル職人という生き方
――“好きなことを仕事にしたい”という想いからつながった現在への仕事。実際に経験されてみていかがですか?
「食品サンプルって、こだわってつくると1個あたりの価格がなかなか高価になるんです。“この価格で本物が何杯食べられるんだろう”みたいな……。でも食品サンプルがあるお店とないお店では、やはりある方が選ばれやすいと思うんですね。
食べる人にとって『これが出てくるんだ』っていう安心感と、目や心で味わうことで“食べる楽しみ”がより膨らむとか。その価値を理解してくださるお店かどうかも、だんだんわかるようになってきました。
最近の食品サンプルは昔の蝋製ではなく塩ビ製のものが多いので長持ちなんです。だからメンテナンスや作り替えなどのリピートの仕事はほとんどないのですが、自分がつくったサンプルは少しでも長く活躍して欲しいし、サンプルを提供したお店も少しでも長く続いて欲しいと思います。
自分も個人事業主で、相手の方も個人でお店を経営されている場合は“共存共栄”という気持ちでいます。仲間のような感覚ですね。
直接ご依頼いただいた仕事のときは、お店の前を通ると『あの食品サンプル、私がつくったんだよ』と話すこともあります。そういうときはやっぱり嬉しいですね。自分の手で何かを生み出し、頑張った成果がカタチになって残っていく。この仕事をやっていて本当に良かったなと思う瞬間です。」


「あと、やってみて思ったのは前職の経験が意外と活かせる場面が多かったことですね。漫画家のアシスタントとして絵を描いていたことが食品サンプルづくりのときに役立っていますし、コールセンターでの経験はスクールの講師をするときにとても役立っています。
コールセンターでは声だけで状況を説明する必要があったので、わかりやすく伝えるために例え話を交えながら話していたんです。
講師に求められるのは、自分の頭の中にあるイメージを生徒たちに伝える力です。サンプルづくりは上手でも、教えることが得意ではない人も多いですよね。私はその点では全く苦労はなかったですね(笑)。声だけで理解してもらうよう工夫していた頃に比べれば、対面で伝えられる講師の仕事は楽勝でした。
またスクールの生徒たちは年齢も通っている理由もさまざま。自分よりも年上の方もいます。でもいろんな人生経験をしてきた40代の今だからこそ、生徒に向き合う懐も深くなったというか、遠慮なく話せる距離感をつくりやすくなったと思います。
最初に“食品サンプル職人になりたい”と思った20代のときでは、こうはいかなかったかもしれません。巡り巡ってきて、やっぱりこの仕事は天職なんだなと思いました。」

“個人”だからこそ、挑戦できる
――これまでの人生経験がつながり、食品サンプル職人という仕事はまさに藤田さんの人生そのもののように感じました。今後、挑戦してみたいことはありますか?
「個人でやっているからこそ、自由にやりたいことに挑戦できるというのは感じています。たとえば、学校の先生が授業のときにつかう“指示棒”ってありますよね。あれに食品サンプルをくっつけたオリジナル商品があるのですが、ああいうのってもし会社に所属していたら、つくらせてもらえないと思うんですよ。“売れなさそうだから却下”とか“売上が出てないから中止”とか。
でも個人でやっていたら『これくらい売れれば、まあ十分かな』という感覚で、自分がやってみたいと思うことに挑戦できるんです。」

「今考えているのは、衣・食・住の“住”の部分に、インテリアの一部のような感覚で食品サンプルを取り入れられないかと考えています。
たとえば、レタスなどの葉物サンプルを束ねて“観葉植物”のようにしたり、フックつけて鍵ホルダーにしたり。
最近は小さな食品サンプルを使ってピアスやブローチをつくる人も増えて、“衣”の分野にはだいぶ浸透してきたんじゃないかなと思います。だから自分は“住”の部分を少しずつ開拓していければいいなと考えています。」


「先の将来、自分たちがもっと歳を重ねたとき、同業の若い人や生徒たちのなかから『この家で工房と住まいを引き継ぎたい』と言ってくれる子が現れたら、売って引き継いでもらい、自分たちはもっと歳を取っても暮らしやすい場所へ住み替えるというのもいいなと思っています(笑)。そうやって“横のつながり”の中で、何かが続いていくような関係ができたらいいなと思います。」
食品サンプルは購入可能です!
藤田さんの技術がギュッと詰まった食品サンプルの数々。Creema(クリーマ)などで購入も可能です。ご興味のある方はぜひ手に取ってみてください!
「うちのメニューのサンプルもつくって欲しい!」「こんなのお願いしてもいいのかな?」など、オーダーのご相談も可能です。
| 名称 | 「食品サンプルふじたま工房」 |
|---|---|
| URL |
(Instagram)https://www.instagram.com/fujitamakoubou/ |
| 備考 | ハンドメイド通販・販売Creemaで購入・オーダーの相談も可能です。 |














