real local 山形【天童市】移住者インタビュー 猪又弘毅さんご家族 | reallocal|移住やローカルまちづくりに興味がある人のためのサイト【インタビュー】

【天童市】移住者インタビュー 猪又弘毅さんご家族

インタビュー
2026.03.30

かつて祖父母が暮らしていた、なつかしい思い出の残るまち、天童。ためしにそのまちでの暮らしを体験してみたら、家族で過ごしてきた首都圏での日々とはまたちがう、楽しさと合理性のある暮らしの可能性が見えてきた……。猪又弘毅さんご家族のあたらしい暮らしの物語はそんなふうにはじまった模様です。
実際に神奈川から天童市へ移住したのは2024年春のこと。数年おきに街を転々としてきた生活に終止符を打って、この天童に根をおろそうと心を決め、祖父母の記憶が刻まれた土地にじぶんたちらしい住まいをつくりました。弘毅さん自身は、その家を拠点にしながら、これまでどおり全国各地へ飛びまわる仕事を続けています。
いったい、そのような移住の選択に至るまでにはどんな考えや思いがあったのでしょう。弘毅さん、奥様の夏さん、そしておふたりのお子さんにお話を伺います。

【天童市】移住者インタビュー 猪又弘毅さんご家族

オーストラリアへ、東京へ、熊本へ、
宮城へ、神奈川へ。転々としたのちに

弘毅さん:わたしは宮城県柴田町の出身で、仙台の高校を卒業してオーストラリアのパースというまちの大学へ進学しました。大学での講義中に東日本大震災が起きたことで帰国を考え、最後のセメスターは日本でインターンして過ごしました。インターン先は、東京にある再生可能エネルギー研究のNPOでした。福島の事故の影響から、再エネに興味を持ったのです。しばらく東京近郊で暮らしたのち、声をかけてもらって熊本・南阿蘇村へ移り、エネルギーや世界農業遺産関連の仕事に携わりました。その後、東京の会社に勤めることになり、その宮城支店がある大崎市へ。5年ほど経つとこんどは会社の東京オフィス拡張の話があって東京へ行き、その後は家族とともに神奈川県の川崎市に住まいを移して、6年ぐらい。そうしてたどり着いたのがこの山形・天童でした。

いまのこの天童の住まいは、もともと母の実家、わたしの祖父母の家があったところです。祖父の他界後は祖母がひとりで暮らしてきましたが、その後は空き家状態でした。幼い頃に訪れていたこの天童の地には、祖父母が築いてきたコミュニティがありました。わたし自身も、この界隈が昔から好きだったんです。ここに暮らせば、子どもたちにいろんなことを伝えられるかも……という予感がありました。首都圏にずっと暮らすのもどうかと思っているところでしたし、これからの子育てのことを考えると地域のつながりのなかで子育てしたいという気持ちもあって、「じゃあ山形に行ってみよう」と思ったのです。

移り住んでみると「あ、お孫さんが住みはじめた」といって、近隣のかたたちがすごく温かく迎えてくださいました。とてもアットホームな感覚に包まれています。

【天童市】移住者インタビュー 猪又弘毅さんご家族

おためしで暮らした時間が
とても素晴らしかったから

弘毅さん:移住するまえ、わたしたちは天童での生活をトライアル体験しました。「デュアルスクール」と呼ばれる制度を利用することで、子どもは住民票を移すことなくローカルの学校にも通えるのです。それで、家族みんなで空き家状態になっていた天童の祖父母の実家で数週間を過ごしながら、長男はトライアルとして天童の小学校に通うことにしました。

その学校がとても印象的でした。先生はすごく大きな声で統率しているというわけでもないのに、まだ1年生の子どもたちが先生の言うことをしっかりと聞いて吸収している。その様子を見て「あ、この学校いいな」と思いました。また、授業のなかで子どもたちが「舞鶴山に彼岸花があった」と言っているのを聞いたときに、こんなに小さいうちから季節の花に目を向けて、その名前まで知っていることに感動してしまって。自然を身近に感じながら暮らしているからなのだろうと思いました。都会にいると「じゃあ雪見に行くか」とか「山に行こうか」というのはすごく能動的な行為ですが、ここでは季節や自然がすんなりとからだに入ってくる。とても恵まれた環境だと感じました。

夏さん:ここで暮らしてみたら、子どもに対してわたしが怒らなくなった、という変化もありました。向こうにいるときには、道を歩くにも電車に乗るにも、子どもたちが大きい声を出したり走ったりすると「静かにして!黙って!」って、いつもピリピリしていたのに、まったく言わなくなったんです。それはそうですよね。うるさくしても、走っても、家の前で思いっきり遊んでもいいから。子どもがのびのびして、じぶんもストレスがなくなり、気持ちもラクになったと感じました。

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これからの住まいを考えたら
「来ない理由がない」と思えた

夏さん:神奈川での住まいは賃貸の一軒家でした。子どもが大きくなると手狭になりますし、広い家を借りれば家賃も高くなります。家を買うとしても、小さくて理想のない家はイヤだし、土地を買って理想的な家をつくれば相当にお金もかかるし……。天童に来たのは、そういう悩みを抱えている時期でもありました。来てみたら、「ここなら、代々続いてきた土地を大切に引き継ぎながら、家族の理想の暮らしができるかも」という話になりました。子どもものびのび過ごせて、理想の家に暮らしながら、仕事もこれまでどおりにできる。だったら、来ない理由がないよね、と話が進んでいったのです。

【天童市】移住者インタビュー 猪又弘毅さんご家族

弘毅さん:いつか家づくりもやりたい、と思っていたんです。それも、使うエネルギーを自分で賄えるような住宅にしたい。太陽光パネルを載せて、断熱気密の数値もちゃんと出るようにしたい。性能とデザインを両立させた家をつくりたい、と。この1年半ほど、そうした家づくりをしてきました。そのプロセスはとても楽しいものでした。最初はリフォームから検討しましたが、色々とハードルがあって最終的には建て替えに行きつきました。家ができる過程を子どもにも見せようと、工事期間中なんども現場に足を運びました。足場屋さん、コンクリート屋さん、電気屋さん、いろんな人が関わって家がつくられているということを実感してもらいたくて。

子どもたちも出来あがりを楽しみにしていました。彼らの記憶にどれだけ残るのかわかりませんが、見せてあげられたことがとにかく嬉しかったです。上棟式と餅まきもやりました。近所の子どもたちにも声をかけて、学校でチラシも配って。今では珍しい儀式ですけど、たくさんのひとが来てくれてとても嬉しかったですね。こうやってずっとやりたいと思っていたことが、少しずつかたちになっています。山形、天童という土地が、それを後押ししてくれている気がします。

【天童市】移住者インタビュー 猪又弘毅さんご家族
長男のきいちくんもインタビューに参加してくれました。「ラーメンとざるそばが好きです」

弘毅さん:仕事柄、この地域のなかでも再生可能エネルギーや脱炭素関連の事業や人と関わっていきたい、という思いもあります。いまは天童市の地球温暖化防止協議会という集まりに参加させてもらっていて、先日はその協議会で「キャンドルナイト」をやりました。天童駅前の広場に並べたろうそくの火を囲みながら、地球温暖化が進むいま、わたしたちに何ができるのかを考える。そんな趣旨のイベントで、20年近く続いてきたイベントです。
再生可能エネルギーは、地域の自立性につながるものです。地域でつくった電気を地域で使えば、お金が地域内に循環するようになる。そういったことに関わることを、これから少しずつでも、自分がいる地域でやれるようになれたら、と思っています。

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天童駅前でのキャンドルナイトの様子。写真提供 猪又さん

仕事で全国へ飛びまわる
拠点として天童の心地よさ

弘毅さん:わたしの仕事は、神奈川時代からすでにリモートでした。本社は大阪で、打合わせはオンライン。現場に行かなければならないときには全国各地の現場に直接向かいます。神奈川からだろうが天童からだろうがほとんど関係ありません。

むしろ、神奈川のときよりもいまのほうがどこへ行くにも便利です。まず、山形空港が近い。山形空港の駐車場はなんと無料です。山形からの直行便がなければ仙台空港まで車で行きます。高速に乗ればすぐですし、着いたら車を停めて飛行機に乗るだけ。都会の人からすると「山形から仙台空港なんて遠いじゃん」と思うかもしれませんが、実際はすごく近い。飛行機の便数は決して多くはないですが、それに合わせてこちらがプランニングすればいいだけのことです。逆にむこうにいるときは、電車の本数も飛行機の便数も多かったけど、追いかけられるようにいつも急いで、いつも走ってばかりいた気がします。

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次男のさくくんも「この家がとても気に入っている」ことを静かな態度で教えてくれました

小さくとも貴重な経験を
たくさん積んでほしい

弘毅さん:天童に移住してからのことを改めて振り返ると、「山形の地で子どもたちにいろんな経験をさせたかったんだな」「一緒にその時間を分かち合いたかったんだな」と気づきます。家のなかや庭を走り回ったり、畑で育てた野菜を食べたり。地域の公民館や神社の小さな祭りに参加したり、近所の人たちと助け合ったり。自然のなかで虫や植物を見つめたり、山の川で思いきり遊んだり、さくらんぼ収穫を手伝ったり。冬の寒さや雪の結晶を感じたり、蕎麦を食べたり温泉に入ったり。そんな小さな経験のひとつひとつが、とても貴重なものに思えます。

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山形に来てから楽しんださまざまな体験の記録。写真提供 猪又さん

子どもたちがなにを感じて、なにに心を動かされるのか。それをコントロールすることはできません。ただ、とにかくいろんな体験をしてもらいたい、という思いがわたしたちの根幹にあるのだと思います。わたし自身、海外に身を置いたときにはじめてバックグラウンドやアイデンティティ、原風景の大切さを知りました。子どもたちのなかにもそうしたものが育ち、どんな環境の変化があってもそれを柔軟に楽しめるような人生を歩んでほしいです。

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Text :那須ミノル
Photo :佐藤鈴華(Strobelight