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山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん

インタビュー

2022.04.01

#山形移住者インタビュー のシリーズ。今回のゲストは、人類学者で山形大学 人文社会科学部 准教授の松本剛さんです。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん

山形市の中心市街地から15分ほど南へ車を走らせ向かったのは、西蔵王高原のふもとにある岩波エリア。ここに松本さんのご自宅があります。15年にわたるアメリカ生活を経て、2016年に一家で山形市に移住。2021年にはこのエリアに家を建て、豊かな自然と共存しながら限りなく自分の手を動かす暮らしを営んでいます。

薪をつくりストーブを焚き、自然栽培の畑をつくり、鶏からたまごを採り、さらには家づくりのプロセスも極限まで自分の手で。その根底には長年研究を重ねてきた人類学の思想があり、DIYな暮らしを営む松本さんにとって山形の地は学びが尽きない最高のフィールドだと話します。

山形ライフを楽しむ生活者であり、暮らしを通じて人類学を追究する研究者でもある松本さん。まずは移住の経緯からお話をうかがいました。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん
アメリカから山形へ

移住のきっかけは、山形大学での仕事でした。生まれは東京の三鷹、育ちは立川で、26歳のときに脱サラしてアンデス考古学を学ぶため渡米し博士号を取得。その後も就活をしながら母校で非常勤の仕事をしていました。ビザが切れるタイミングで日本学術振興会の特別研究員のポジションに応募して山形大学に所属することになり、43歳のときに妻と子ども2人と山形に来たという流れです。

だけど、実はすぐにアメリカに戻ろうと思っていたんですよ。年齢制限が厳しい日本で就職するのは難しいと思っていたし、人類学の本場アメリカで勝負したいという気持ちが強かった。そもそも日本という国に希望を見出せなかったということもあります。東京で働いていた頃は、効率化ばかりが優先されるわりに毎日が我慢大会みたいな都市生活に違和感を持っていて。そういう生活に戻りたいとは少しも思いませんでした。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん

就職は縁ですよね。2016年の4月に特別研究員として山形に赴任して、三年間の任期中に山形大学で専任の仕事の募集が出たんです。山形大学はナスカの地上絵の研究で有名ですが、学部から博士課程まで一貫してアンデス考古学を教えている日本で唯一の大学であり、ほ​​んとうに貴重な枠です。僕のほかに、アンデス考古学を専門とする先生が4人もいました。

こんなに素晴らしい環境で仕事ができるならと山形に来た1年半後に就職したのを機に、ここに根を張ることを真剣に考え始めました。正直最初は山形に地縁もなく思い入れはなかったのですが、仕事面での変化に合わせて、自分の中で山形への目線も変わっていったように思います。

アメリカで培ったDIYの精神

外から来た僕からすると、地元の人はここの良さに気づいていないんじゃないかな?と思うことがあります。

山形って素材がすごくいいですよね。空気がきれいだったり、おいしいお米や野菜、果物が食べられたり、暮らしているだけでいろんな恩恵を受け​​られるってすごいことです。ですが、山形の人にとってそれは当たり前のことで、もう見えなくなってしまっているんですね。

むしろみんな、誰かが用意した「完成品」のようなものを求めている印象があります。僕はそうではなくて、この山形という素晴らしい素材を自分なりのやり方で楽しみつくすという点におもしろさがあると思っています。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん

こういう考えに行き着いたのは、アメリカでの暮らし方が大きく影響していると思います。アメリカは日本以上に効率を優先する合理的な国ですが、同時に自主性も重んじてくれるから、暮らし方にたくさんの選択肢があるんです。僕らは貧乏だったこともあり、DIYが基本の暮らしでした。

僕らが住んでいた南イリノイはとても自然が豊かなところで、自分たちで野菜を育てたり、暖炉にくべる木を切り出したりしていました。また、車の修理やオイル交換はもちろんのこと、家の壁を自分で塗り替えたり、水道管が壊れてもすぐには業者が来てくれないので自分で応急処置をしたり。そうするとおのずと物事の仕組みがわかってきます。

日本では田舎も含めて都市的な生活になっていて、お金さえ払えばなんでも解決できる感覚がありますが、15年間のアメリカでのDIY生活でそれがすっかり矯正されました。僕たちの場合はそんな暮らしが苦じゃなくて、むしろ心地よかったんです。

山形にはこんなにたくさん土地があるし、水もきれいで野菜も果物もおいしく育つ。山形ならまたアメリカにいたときのような暮らしができるかもしれないと思ったこともここに残る決め手となりました。

家づくりから社会の仕組みを知る

山形に移住してから数年はアパートを借りて暮らしていましたが、専任の仕事を得た時点で、家を建てる構想が自然とわいてきました。

せっかく家をつくるなら、いっそのこと自分でやれることは何でもやろうと決めました。コロナ禍でナスカ勤務が中止になり、家づくりに時間を割くことができたのも巡り合わせだったと思います。「発酵住宅」をつくる古民家ライフの高木孝治さんとの出会いも大きくて、たくさんお力添えいただきました。

まず土地は不動産会社を挟まず、高木さんに紹介してもらい、個人売買で手に入れました。高台で市街地を見渡せる景観とか、裏には小さな沢がいくつか流れていて風の流れも気持ちよく、ここがいいと直感で思いました。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん
木々が風にそよぐ、五感が刺激される自然豊かな環境

土地を買うときだけでなく、家を建てるための下準備もほぼすべて自分たちでやりました。家を建てるには建築行為許可申請や建築確認申請という手続きが必要になり、家の詳細設計図を含む膨大な数の図面や書類を役所に提出して審査を受けないといけません。できないことはないんですが、何度も役所に通い詰めたり、想像以上に大変でした。

家の設計では、構造計算などの専門領域だけ建築士の方にサポートいただきながら、1ミリ単位で何十枚も図案を描きました。本当はセルフビルドでつくりたかったのですが、家の造りは家族の命に関わるので施工は高木さんにお願いしつつ、壁塗りだけは自分たちで。大変でしたが、やれることを全部自分たちでやることで、社会の仕組みや家づくりのプロセスを理解できたのがよかったと思います。

人類学から見る山形暮らし

2021年9月に家が完成しました。とはいえ人生は変化し続けるものですから、家に合わせて自分が縛られることがないように、できる限り余白を持った家にしています。永遠に完成することなく、僕たちとともに常に変化し続ける家です。

裏の庭では鶏を飼ってたまごを採り、調理後の野菜のクズは鶏の餌にしたり、畑で分解させて土に戻します。鶏糞もたまごの殻も畑の肥料になりますので、工業製品のラッピング以外ほとんど捨てるものがなく循環しています。玄米を精米して出たぬかだって、捨てずにぬか漬けにしたり、畑に撒きます。できることならバイオトイレに切り替えて、自分たちの排泄もこの循環に組み入れたいくらいです。

すぐそばの畑では野菜をつくっていますが、土さえしっかり作ったら野草と同じように肥料もやらず、あとは放ったらかし。自然栽培でおいしい野菜ができますよ。ゆくゆくは米作りにもチャレンジしたいと思っています。

家の暖房はすべて薪ストーブでまかない、薪は近所で伐採された木々をいただいています。敷地内には井戸水も引かれているので、生命維持に必須な土・火・水がすべて揃っていて、災害時の備えも万全です。今後はできるだけオフグリットに近づけたらいいなと思います。

山形に来るまでこんなに果物を食べたことはなかったし、以前は大嫌いだった日本酒も大好きになりました。畑を荒らす害獣を駆除するために狩猟免許を取り、休日には先輩のハンターからいただいたイノシシの肉で生ハムをつくったりもしています。料理も大好きで、自分でつくった野菜や食材で料理するのがめちゃくちゃ楽しいですね。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん

実はこの暮らしによって、自分の研究領域である人類学にもいいフィードバックがあるんです。

僕は約1000年前の人の暮らしを対象に研究していて、発掘で出土した物の痕跡から当時の行動を復元していきます。そのとき身体的な経験が行動の復元に役立つことがたくさんあって、例えば火を起こした経験があれば、火を使った痕跡が見つかったときに、その様子から当時の人が具体的にどのように火を使っていたのかを想像しやすくなります。日々の暮らしの中で自ら手を動かしていると、生活と学問がより密接につながっていく手応えがあるんです。

当たり前を疑うこと

そもそも人類学とは19世紀末に欧米で生まれた「人間とはなにか?」を総合的に追究する学問です。人間の存在を多角的に研究するためには、人間のハードとしての側面もソフトとしての側面も知らなければいけません。人類学という大きなくくりの中には、人体がテーマの「自然人類学」、人の営みや文化を知る「文化人類学」、言語の役割を追究する「言語人類学」、そして過去を知るための「考古学」があります。僕の場合は考古学を入り口にして人類学全域に関心がわくようになりました。

人類学者たちは世界のあちこちへ出かけていって自分とは異なる存在を目の当たりにして、そのあり方やロジックの多様性に触れていくんですが、その過程で、否が応でも自分というものを意識し、それまで自分たちが「当たり前」と思って意識もしなかったことに向き合うことになります。そして、自分たちの当たり前は他にもあり得たかもしれない、たくさんのオプションのなかの一つに過ぎず、異なる考え方・やり方の間に優劣の差などないということに気づくんです。

人類学が産声を上げた頃の欧米の人間観はとても差別的でしたが、これがあらゆる「他なる存在」に目を向け、その多様性に心を開くなかで、少しずつ変わっていきました。その意味で、人類学とは、当たり前をひっくり返し続けながら、他者という鏡に映る自己を見つめ直そうとする学問であるともいえます。

つまり、人類学者であるということは、他者理解を通して、自らを理解し、変化させていくことなんです。そうやって「変化を恐れずに、既存の考え方や世の中の当たり前を疑っていく」という根本的な姿勢が、人類学の大きな魅力なんですよね。

その考え方は暮らしにも置き換えられます。実は家をつくるとき最初は「土地は不動産屋で買うものだ」と思い込んで不動産サイトで情報を調べていました。僕自身も「そういうものだ」と決めつけていることが多々ありますが、自分の考えを疑っていくと、当たり前が当たり前じゃないことに気づいていく。それが自分の足で生きていくということだと思うんです。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん
家の裏のスペース。これからは養蜂を始めたり、人工林の杉を間伐して光や風が通る生物多様性の豊かな森にしようとこの春から活動を開始する。将来的にはこの場所でクラフトビールのお店をやりたいとのこと。

地元の人々の知恵を享受する

もっともっと山形のことを知りたいと思っています。僕たちが後から来て住まわせてもらっているのだから、この土地のあり方を学ばないといけないし、実際にご近所の方々から日々たくさんのことを教えてもらっています。

すぐ近くには狩猟の先輩であり里山暮らしの師匠がいらっしゃって、僕にとっては生き字引のような人。わなの仕掛け方とか食べられるキノコを教えてもらったり、なにかやるときは些細なことでも相談します。

特にこのエリアには土地に根ざした暮らしをしている方が多くて、漬物をもらって、その作り方を習ったりもしています。田舎暮らしって生きるための作業が多過ぎて大変なんですけどね。だけど、そうした知恵を共有してもらえることが、いまの僕らにとっての山形の大きな魅力です。

本来、生きるってとても面倒くさいことです。その面倒臭さを回避してきたツケが回ってきているように感じることはありませんか。だから僕はもっと面倒くさくてうざったい世の中になったらいいのにって思うんです。もっと地元の人と仲良くなって、大変なこともあるかもしれないけどしっかり向き合って、この土地に根を張っていきたいと思っています。

山形移住者インタビュー/人類学者・松本剛さん
松本さんご夫婦。無垢材の素材感が心地よいリビングにて。ビジョンを描いてひたすら突き進む剛さんと、それを持続可能なものとして軌道にのせていく明代さん。お二人のコンビネーションで紡いでいく暮らし。

フィールドワークの地として

こうした暮らしをしている影響か、最近は文化人類学を面白く感じています。とくに「マルチスピーシーズ人類学」といって、近年注目されている分野に強い関心があります。人類学は人間を研究する学問ですが、これまでは人間を自然から切り離して特別視してきたところがあり、現在では人間中心主義もしくは人間例外主義として強く批判されています。こうした反省から、人間というものをそれ以外の「他なるものたち」との絡み合いのもとに捉えなおそうとするのが、マルチスピーシーズ人類学です。

山形はそういったテーマを追究するうえでもすごくいいフィールドで、行きたいところがたくさんあります。例えば、地域循環型有機栽培の先駆者であり、鶴岡の農園で在来種の保存や栽培を行っている山澤清さんの「ハーブ研究所 SPUR」を訪問したいし、去年狩猟免許を取得したのも、小国のマタギの方にクマ狩りに連れていってもらうことになっているからです。

授業で生物多様性の重要性を説いているくせに、以前はそれとは真逆の思想でつくられたF1種を育てていたり、狩猟採集民の話をしているくせに、僕自身、狩猟も採集もしたことがありませんでした。だったら、自分でもやってみようと。なぜなら、仕事と生活を一直線に結びつけると、とても気持ちいいことに気が付いたからです。身体性を伴わないコトバに、強さや重みを感じなくなってきているんです。

まだまだやりたいことは尽きません。


取材・文:中島彩
撮影:伊藤美香子