【東大阪】設計の枠を超え、街に「主体」を生み出す。|フーシャアーキテクチャ一級建築士事務所
学生時代に手がけたシェアハウスの運営から始まり、今では設計・施工・企画までを横断して手がける「フーシャアーキテクチャ一級建築士事務所」。東大阪を拠点に、建物をただ建築するだけでなく、そこに集う「人」や「街」との関わり方をデザインし続けています。今回は代表の望田祈さん・浅井駿平さんに、活動の根底にある思いについてお話を伺いました。

原点「ながせのながや」で見つけた、空間づくりの本質

フーシャアーキテクチャの活動の原点となったのは、学生時代におふたりが参加した長屋再生プロジェクト「ながせのながや」でした。
現地を訪れると、間口は街に開かれていて、あたたかい佇まい。学生時代にプロジェクトとして改修されたこの長屋は現在、レンタルスペース兼シェアハウスとして運営されています。
*「ながせのながや」については、浅井さんのnoteに詳しく記されています。
ぜひあわせてご覧ください。
―「ながせのながや」を改修するなかで、どんなことを大切にされていたのでしょうか?
「『自分たちがやりました』っていう手応えを、どうやって増やせるかということを当時から考えていました。例えばこの壁の黒や黄色などの色選びは、すべて当時の後輩たちに決めてもらったんです。そういった小さな体験の積み重ねが、『当事者』としての実感につながっていくと考えていました」
ながせのながやの壁や天井の色は、面によって様々です。
そのひとつひとつに学生たちの想いが詰まっていると思うと、完成して終わりではなく、今も関わった人たちの想いが空間の中で生き続けているのだと実感します。

「2階の漆喰壁も面白くて。この境目、実は上達の証なんです(笑)下から上に仕上げていって。きっとある日、コツを掴んだのだと思います。」
―ほんとだ(笑)才能が開花した瞬間がそのまま残っているんですね。

こうして実際に「場所の記憶」を目にすると、当時はそこにいなかったはずの自分まで、その時間とつながれたような不思議な感覚になりました。
”空間を作りあげること”以上に、関わる人が主体になる仕掛けをつくることが大切。おふたりがその本質を学生時代から直感し、形にされていたことに胸を打たれます。
建物を、建てる“前提”から疑ってみる
学生時代のプロジェクトを経て、設計事務所として歩みを進めるおふたり。
彼らの視線は常に、建物だけでなく「その場所が周囲の街や人とどう繋がれるか」という点に向けられています。
空間を設計するとき、「そもそも建てる必要があるのか」という前提から疑い、枠組みを捉え直すことについてお話を伺いました。
―「建物を建築する前の“枠組み”から考える」というスタンスについて、詳しく教えていただけますか?
「設計の段階で『こういう設計をしてほしい』とある程度決まった状態で相談に来られるなら別ですが、そもそも『この建物をどうにかしたいけれど、どうすればいいか分からない』という漠然とした段階から始まる案件もあります。
そういった場合、実は『新築する』『改修やリノベーションをする』ということ以外の方法で解決できる場合もあるんです」
―実際に、建築以外の方法で解決した事例はあるのでしょうか?
「以前、ある空き家の相談がありました。オーナーさんは『将来的に売却したいけれど、どういう風に借り手を探していいかも分からないし、そもそもその建物に自分自身があまり魅力を感じていない』という状態だったんです。
調査をしてみると、建物の隣に広い駐車場がありました。そこで私たちは、いきなりリノベーションの設計提案をするのではなく、『まずは隣の広い駐車場でマルシェをしてみませんか?』と提案したんです。地域の人たちに実際に足を運んでもらって、『ここ、使えるんですよ』と知ってもらうアピールになればと。
そこから半年ほどかけて、2ヶ月に1回くらいのペースで地元のカフェの方とコラボしながらマルシェを開催していきました」
「で、結果的に僕たちの設計の仕事には繋がらなかったんですけど(笑)。
マルシェを続けていくなかで、『この場所にも、こんなに人が集まるんだ』と、オーナーさん自身にどんどん自信がついていったんです。そこからご自身で色々なところへ情報を発信し始めて、最終的には施設の入居が決まりました。
オーナーさんの意識が変わったことで、建物が活かされる道が開けたのだと思います」
空間に手を加える前に、まずは関わる人々の心に寄り添う。そんなおふたりの姿勢がとても印象的でした。
「まちづくり」とは少しちがう、「主体をつくる」ということ

地域に根ざした実践を続けるおふたりですが、「まちづくり」という言葉に対しては少し慎重な距離感を保っています。
「『まちづくり』という言葉をあまり安易に使いすぎると、なんだか言葉そのものを軽視しているような気がするんです。主語が大きすぎるというか……。もちろん、その言葉自体が嫌なわけではないんですけどね」
「結局、僕たちがやりたいことの根底にあるのは、『建物』という存在が自分たちの近くにあって、そこで自分たちも地域の人も楽しめる場所をつくっていきたいということなんです。建築をただの『箱』として建てるのではなく、人が集まり、結果的に街へ何かが還元されていくような場所をつくりたい。
建築を『目的』にするのではなく、あくまで僕らが楽しむための、そして街とつながるための『手法』として捉えています」
「その街の主体をつくり、『ここは僕たちの場所だ』という意識を持つ人がいればいるほど、その場所への思いは途切れずに続いていくのだと思います」
空間はあくまで、人が前を向くためのきっかけにすぎない。
住まい手や使う人が当事者意識を持つことが、彼らにとっての設計の原点なのだとか。
図面の上だけでは学べないこと
―これからの目標や、やってみたいことはありますか?
「どこか遠くの街へ『まちづくり』をしに行くというよりは、僕たちの原点であるこの場所にちゃんと根を張って、いわば『自社のまちづくり』みたいなことを一度やってみたいんです。例えば、このエリアにフーシャの拠点がたくさんあるような状態がつくれたら面白いなと思っています。
あと、僕たちは学生が大好きなんです。学生たちが大学の外に一歩出てきたときに、机上の勉強だけではない『実学の場』を提供できる土台が、ちゃんとこの街にあるんだよということを知ってもらえたら嬉しいですね。」
「もうひとつの理想は、ちょっと自己中心的なんですけど(笑)僕自身、自分の知っているもので身の回りを固めたいんです。そこに行けば、自分の知り合いや好きな人がいる街をつくりたい。漫画の『こち亀』みたいに、安心できるおなじみの顔ぶれがいる場所になってほしいなと。」
――確かに、それは誰もがホッとする街かも(笑)。
「歩いていたら『お疲れ!』と言い合えたり。友達とまではいかなくても、何か新しいことを始めようと思ったときに『いつも手伝ってくれる子』がそこで働いていたり、コーヒーを飲もうと思ったらお気に入りのコーヒー屋さんがそこにある。そういう安心できるお気に入りの場所や関係性が、右を見ても左を見てもたくさんある状態。そんな街を作っていきたいです。」
お気に入りの場所と関係性を、ひとつずつ増やしていくこと。その小さな積み重ねの連鎖こそが、誰にとっても居心地の良い街を形づくっていくのかもしれません。
当事者意識を持つ人が増えれば増えるほど、空間も街も豊かに息づいていくこと。まちづくりとは人々の意識から始まるということ。おふたりのお話を通じて知ることができました。















