【鹿児島県指宿市】人との関わりを通して、ワクワクする明日をデザインする / 花つ月 今柳田弥生さん
指宿市でグラフィックデザイナー『花つ月』として活動しながら、市内初のシェアオフィス兼コワーキングスペース『Share Office wacca.』を運営している今柳田弥生さん。そんな弥生さんの人生を辿りながら、指宿市で様々な事業に関わった背景などを聞きました。

人との関わりを通して生まれるもの
高校まで指宿市で生まれ育った弥生さん。大学では教育学部にて養護学校の教員を育成するコースで4年間学んだといいます。その一環でプレイセラピー(※1)で不登校や特性のある子どもたちなどへの支援を通した気づきが今での弥生さんにとっての原点になったそうです。
「プレイセラピーをしていると、次第に子どもたちに変化が出てきたんです。学校に行くようになったり、笑うようになったり、自分のことを積極的に話してくれるようになったり。それが不思議でした。私はプロの支援員でもないけど、人との関わりの中で目の前の誰かが変わるきっかけになることができるのかもしれない。そう思うようになりました。」
「学生時代の学びとして、誠心誠意に向き合えば変化が必ず起きること。そして、何かしら抱えている子どもだけが問題ではなく、その子どもたちに関わる大人たちや社会も共に育ちながら、社会全体で関わるスタンスで臨むこと。この2つが今でも私が大切にしていることです。」
(※1)子どもを対象とした心理療法の一種で、遊びを通じて子どもの心の状態を理解し、問題解決を促すもの。主に3歳から12歳くらいの子どもを対象としている。

卒論きっかけで動物に関わる仕事に興味を持ち、大学卒業後は上京し、動物看護師になるために専門学校へ。教員という道ではなく、どうして違う道を選んだのか。そこについても教えてくれました。
「正直、大学に通うまでは夢もなく何となく周囲には“先生になりたい”と話していました。でも、子どもたちと関わっていて“このままじゃいけない”と思うようになったんです。そこから、”自分で決めた”と思える道を歩んでみたいと考えるようになって、その時に興味を持ったのがたまたま動物看護師でした。その“やりたい”が別の道だったとしても、その道を選択していたと思います。」
専門学校卒業後は動物病院へ1年間勤務。しかし、仕事のハードさや仕事以外における人との繋がりの薄さなどもあり、指宿へ戻る決意をすることになります。

地域に根付くデザイナーだからこそ見えてきた課題
指宿へ帰郷後、派遣職員として事務仕事をしながら、いくつかの職種を経験。今後の道を模索する中で、弥生さんにとって大きな転機を迎えることになります。それはデザインとの出会い。「職業訓練のIT広告デザインコース」へ半年間通い、少しずつ技術や知恵を学んでいったといいます。
「それまで事務仕事がほとんどだったので、周囲から“デザインを学んでみたら?”と勧められたんです。子どもの頃から美術が得意だったわけでもありませんし、デザインをしたいという気持ちもありませんでした。ただ、元々資料を見やすくまとめたり、子どもたちにわかりやすいようにチラシをつくったりするのが好きだったので“整える”という意味ではデザインは私に合っていたかもしれません。」
その後、グラフィックデザイナーとして独立。友人・知人の依頼を通し、少しずつ指宿市内を中心に実績を積んでいったのだとか。グラフィックデザイナーとして活動する上で、何を大事にしてきたのか。そこを聞きました。
「まずはクライアント様の現状を知ること。そのために、しっかり話を聴くこと。そこは独立当初から意識しています。何かに困っていても、何かを始めたくても、それを明確化するのが苦手な方もいらっしゃいます。そこを掘り下げていくことで、本当はどうなりたいのか、どうありたいのかを一緒に見出すのをずっとやってきたと思います。」

口コミで評判が広がり、行政や観光、飲食関係など、多岐にわたる業種から相談もくるようになる中、デザイナー(フリーランス)として活動しているからこその気づきがあったといいます。
「それまでどこかの組織に所属して働くことが当たり前だと思っていたのですが、私のようにフリーランスとして生業を持っている方が多いのを知りました。ただ、同じまちに住んでいても、どこにどんな人材がいるのか。困りごとがあるときに、どこにどう相談したらいいのか。私も含めて、それがわからない方が多い現状も知りました。」
独立後、自宅を拠点に活動していた弥生さん。だからこそ、人と会う機会が少なく、生活バランスが崩れたりなど、閉塞感と危機感を感じていたのだとか。そのタイミングで商店街の空き店舗活用の相談があり、県外へ視察に足を運んだことがきっかけで、次のステージへ進むことになるのです。
「視察したのは様々な職種の人たちが集まるシェアオフィスでした。そこでは、お互いの力を持ち寄り、プロジェクトごとにチームを組むなど仕事や人の繋がりが生まれていました。このような流れを生む場所が指宿にも必要なのではと感じ、シェアオフィスを立ち上げる決意をしたんです。」

指宿のモノ・コト・ヒトを知り、繋がるハブとなれる場所に
2019年8月。指宿市内初のシェアオフィスやコワーキングスペース、レンタルスペースなどの機能を備わせた『Share Office wacca.(わっか)』(以下:wacca.)をオープンさせます。wacca.は日本語の「輪っか」が語源で、ご縁や循環など、様々な意味合いや偶発的なものが生まれることを願い、この名前にしたそうです。
オープン後、資格取得の勉強のために利用したり、地域内でモノづくりをしている人が4~5人規模でワークショップを企画したりと、弥生さん自身にとっても想定外のことが起きたそうです。当時はコワーキングスペース自体が県内でもあまり知られていなかった時期。それでも焦らず、ゆっくり認知してもらえるよう、まずは訪れる人たちとの関わりを大事にしながら運営を続けていきました。
「小さなことでも何かやってみたいと思った時に来てもらえる場所になれるように、そんな人たちと一緒に考えながら一つ一つカタチにしていきました。多様なバックグランドや能力、それぞれに違った目的を持つ人たちが同じ空間に集まるからこその面白さがwacca.にはあります。私自身、フリーランスの立場でこのような場所がほしかったので、必要としている人は絶対にいると確信していました。」


オープンし半年経った2020年2月。新型コロナウイルスが蔓延し、世界中で人との直接的なコミュニケーションや交流が難しい状況になってしまいます。換気や消毒など基本的なことを守りながら運営を続けていく中で、シェアオフィスやコワーキングスペースの重要性を改めて感じたといいます。
「コロナ前まで利用されていた方は継続的に来てくださいましたし、そういった方々の口コミで興味を持ち新規の方も増えてきました。どんなに世の中が変わっても、人との関わりを持つことの大事さもですが、地方だからこそ一人一人との濃い関係性が築きやすく、だからこその広がりあるんだと実感しました。」
「wacca.に遊びにきてくれたイラストレーターさんと組んでパッケージを作成したり、違う場所で出会ったフリーランスの仲間たちとホームページやパンフレットを作成したりと、嬉しいことに指宿市内で点と点が少しずつ繋がってきました。」
「地方にいると、いろんなスキルを持つフリーランスの方々はいらっしゃるのに、その情報が少なかったりします。こういう場所を運営しているからこそ“指宿にはいろんな人がいる”ということが改めてわかりましたし、そんな人たちが繋がるハブとなる場所の必要性を感じました。」


大人も子どももワクワクする未来をデザインする
2024年8月、指宿市内で移転オープンした『米永書店』。店舗内にあるコワーキングスペースなどの運営をアドバイザーとしてサポートしているといいます。そこで本屋に人が集まり、繋がる仕組みづくりを模索する中でカタチになったのがシェア型本棚「Book apart こばこ」です。
ひと棚を月額一定料金で借りられるシェア型の本棚で、使い方はその棚主の自由。自分を表現し、それを書店に訪れた人と共有し、繋がっていく。さらに1〜2ヶ月に一度、任意の日にワークショップや物販などの催しを企画でき、書店を訪れた人と交流ができるという仕組みです。
「棚主さんを”こばこの住人さん”と呼んでいるのですが、人が集まって繋がり、情報をシェアする役割を担ってもらっています。クリエイターさんや企業さん、病院や福祉施設の方々も使ってくださりと、多職種の人で毎回違う雰囲気の場づくりをしているので、足を運んでくださるお客様もそれぞれです。」
「今はイベントという形で書店の中に人の交流を生み出していますが、これから棚主さんたちとお客様がゆっくりと関係性を築きながら、いろいろな人を巻き込んで、日常的に人と人が繋がる場になっていって欲しいなと考えています。最近面白いと思ったのはある棚主さんが違う棚主さんの企画に参加し、交流していた光景を目にした時でした。いろいろなタイプの仲間が集まって共にコトを起こしていく可能性を秘めたこの感じが、まさにコワーキングの姿だなと感じました。」



これまでの変遷で共通するのは「人との関わり」の中で、身近な人たちと丁寧に向き合い「何かを生み出す」姿勢はずっと変わりないように感じました。それを踏まえて、弥生さんが今後目指す未来像について聞きました。
「大きな目標として、指宿や地方の子どもたちに“働き方や生き方は一つじゃない、選択肢はたくさんあるんだよ”と気づいてもらえる土壌づくりをしていきたいです。私自身、大人になるまで夢なんてなかったけど、今では指宿にワクワクすることがあるって心の底から言えます。そんなふうに生き生きと楽しそうに生きている背中を子どもたちに見せることは大事だと思っています。だからこそ、フリーランスの方々にも暮らしに根ざした活動をしてほしいという想いがあります。」
「その手段の一つとしてコワーキングスペースやシェアオフィスがあると思うんです。昨年、受験生がwacca.で勉強するために利用してくれて、逆に私たち大人が刺激を受けましたし、新しい選択肢をその子たちに教えてもらいました。血が繋がっていなくても、そうやってお互いに温度感のある関わりしろをつくれるのが地方ならではだと感じました。」
「何が生まれるにもタイミングはそれぞれですし、誰しも置かれている状況は様々です。そこを一緒に最適解を探して、カタチにしていくのがデザイナーとしての私の役割だと思っています。その先に、人との繋がりとそこから生まれる連鎖が、じわーっとゆっくり着実に広がっていって、”指宿って面白いよね”と感じる人が、さらに増えていったらいいなと思っています。」
屋号 | 花つ月 |
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URL | |
住所 | 鹿児島県指宿市湊二丁目2-16 |
備考 | ●シェアオフィス Share Office wacca. HP https://waccallc.wixsite.com/share-office-wacca インスタグラム https://www.instagram.com/wacca.llc/ ●米永書店 HP インスタグラム https://www.instagram.com/yonenagasyoten/ ●シェア型本棚「Book apart こばこ」&coworking space 「knot」インスタグラム https://www.instagram.com/cobaco_knot/ ●こばこイベントカレンダー |