real local 金沢 » 若芽の頃 vol.1/能面師・後藤尚志さん【この人】

若芽の頃 vol.1/能面師・後藤尚志さん

インタビュー

2020.08.17

6畳ほどの部屋の四方を、能面や能面のピンナップ、能面制作に関わる道具や資料が埋め尽くしている。「一目惚れした」という“増女”の面を、スマホから探し出し嬉々とした表情で見せてくれる、26歳男子。

若芽の頃 vol.1/能面師・後藤尚志さん
アイドルではなく、能面のピンナップ。
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カレンダーも能にまつわる予定ばかり。

“無我夢中”という言葉に姿を与えるなら、きっとこんな見目形をしているのではなかろうか。
工芸王国・石川で研鑽を積む、若き職人さんたちのリアルな今をうかがうシリーズ「若芽の頃」。第1回は能面師の後藤尚志さんにお話をうかがってきました。

若芽の頃 vol.1/能面師・後藤尚志さん
後藤尚志(ひさし)さん。26歳。金沢美術工芸大学彫刻科を卒業後、本格的に方面修行の道へ。

後藤さんは、生まれも育ちも金沢市。7人兄弟の末っ子で、日本屈指の能面師・後藤祐自さんを父に持つ。金沢美術工芸大学の彫刻科を卒業後、本格的に能面修行の道へ。実家の6畳の自室が、彼の仕事場であり、葛藤の現場である。

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能面づくりの原点は、「父に憧れて」。

−−能面をつくり始めたきっかけを教えてください。

「やはり、父が能面をつくっていたから、というのが僕の原点です。小学校3年生のときに、父の展覧会に連れて行ってもらって。そこにずらりと並んだ面を見ていて『自分もこれをつくれたらカッコイイな』と思ったのがきっかけです」

−−伝統工芸だから継がなくては、といった意識はどこかにあったのですか。

「いえ、当時は全く。とにかく、父がやっていることに憧れたんですよね。父の周りにはいつも色んな人が集まっていて、そんな姿を尊敬していました。
 “伝統”ということを意識し出したのは、笛を始めた高校1年生の頃でしょうか。『能面をやるからには、能の舞台を知らなくてはならない』という父の勧めで始めました。笛を選んだのは、そのとき金沢で笛方が少なかったからという理由です」

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謡や笛の稽古に通う。「謡本は高いので、古本で探したり工夫しています」

一発本番、ジャズのような能舞台で。

「それまでも能の舞台は何度か見たことがあったんですが、自分で笛を吹いて初めて、囃子(はやし)方がどういう気持ちでやっているのか、また、上手い下手の違いが少し分かるようになってきて。
能って、オーケストラのようなリハーサルがないんですよ。本番一発勝負。即興で合わせる、ジャズのような感じですね。シテ方の舞の速さを感じながら、全部その場で決めている。その個々人の技術が本当に凄いんです。
それが分かるようになって『お師匠さんから伝えていただかなければ、いい舞台は後世へ伝わっていかないものなんだ』ということが実感として理解できるようになった。そこで、父がつくってきた能面もここで終わらせてはいけない、自分も伝統を繋いでいく歯車にならなければ、と思うようになりました。それが決心に変わったのは美学を卒業した頃です」

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部屋に飾られている、後藤さんが制作した面。

−−美大では彫刻科を専攻されています。こちらも能面制作のためですか。

「はい、まずは木彫をしっかりやろうと。平面でデッサンができても、立体にできないと能面の場合意味がないので。まずは彫刻刀で立体をつくる訓練がしたいと考えました。でも大学ではどちらかというと技術ではなく、作品に対する“考え方”のようなことを教わることが多くて、僕としては少し物足りなかったです。もっと早く、とにかく“技術”を磨きたかった」

−−現在の師匠はお父様でいらっしゃいますね。

「そうです。父は今もこの下の部屋で制作しています。趣味や教室で能面をつくっておられる方は割とたくさんいらっしゃるんですが、いわゆるプロとして活動しているのは父を含めても実は日本で三人だけなんです。その線引きというのが“流派の宗家のおかかえであるか”、“宗家の面を修復できるか”ということになります。

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能面の方から“寄ってくる”。偉大な父を師にして。

「だいぶ丸くなりましたけど、昔の父は誰も近づけないような気迫がありました。今でも厳しいときは厳しくて、『良いものができた!』と僕自身は納得して父に持っていっても、鉈で真っ二つ割られたことも(笑)。けれど、ちょっと父の手が入るだけでコロッと面の雰囲気が変わるんです。目に力が入る、というか。

家族ではありますが、父のことは師匠として本当に尊敬しています。普通、貴重な面はお願いして見せてもらうものなのですが、父の場合は能面の方から“寄ってくる”んです。“修復してほしい、写してほしい”と言わんばかりに。独学で能面づくりを初めて、今やお家元のおかかえにまでなっている。教師をやっていたことや、新聞社にいたこと、近所に仏師が住んでいらっしゃったこと…父の人生の全てが、能面をつくるために用意されていたような気さえしてきます」

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一目惚れしてしまう造形美。

−−能面のどんなところに惹かれていますか。

「いい面(おもて)って、本当に一目惚れしちゃうんですよ。二十歳のとき、父について宝生流のお家元にある面の虫干しに立ち会わせていただく機会があったんです。200以上の面がずらりと並ぶ中で、『節木増(ふしきぞう)』という増女の型の面に僕は釘付けになって。もう本当に『うわぁ、綺麗!!』って。語彙がなくて申し訳ないんですけど(笑)、そのくらい惹き込まれました」

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後藤さんが制作した小面。

「能面の魅力という点では、僕個人としては造形のおもしろさが一番ですかね、どうしてこんな形が思いつくんだろうと。舞台に上がるともはや本当の“顔”になる。角度や陰影で全く違う表情が生まれる、謎に満ちたその造形に惹かれます。昔の人の観察力は凄いです」

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陰影によって、様々な表情を生む能面。こちらも後藤さんの作品。

人に触れられて、人に見られて、面に魂が入っていく

−−能面とは古いものが使い継がれているイメージでしたが、新しい面も次々と作られているんですね。

「能面は各家に代々受け継がれているものや、能楽会が所有しているものもありますが、もちろん能楽師さんが新たに購入することもあります。古い貴重な面になればなるほど、上の方しか使えなくなるので、若い方でも使えるようにコピーとしての“写し”をつくるわけです。最近では女性の能楽師さんもいらっしゃるので、少し小さめに制作したりもします」

−−美術品というよりも、やはり“道具”としての側面が大きいのでしょうか。

「鑑賞用としての飾られることもありますが、基本的には使われてこその“道具”であると思っています。能面は人に触れられて、人に見られることで面に魂が入っていく、オーラが出てくるんです。なので、400年も昔の面などは、持った感じはものすごく軽いんですけど、何かズシリと重い存在感があります」

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こちらの木は楠。まずは輪郭をとって、余計な部分を削ぎ落としていく。
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粗々と形が見えてきたら「縦型」とよばれる型で確認しながら、立体としての細部を調整していく。

−−能面師さんのお仕事はどのように成り立っているのですか。

「能面はもちろん安いものではありませんが、やはり使ってもらわないと意味がないので、能楽師さんが舞台を頑張って買える値段でないといけない訳です。今の僕では一ヶ月に一面つくるのがやっとなので、生活をしていけるようになるにはまだまだで。

修復の方も修行中です。修復は彩色ひとつで面をゴミにもしてしまう大変責任ある仕事です。彩色も一発で思った通りの色を出せるかと言われると今はできない。自分で作った面も“違うな”と風呂場で何度もゴシゴシ洗っています。頭に描いたものがパッと再現できるようになって初めて修復の仕事を任せてもらえるのかなと」

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彩色につかう顔料。
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「膠や胡粉といった材料も、昔のものとは違います。今の胡粉は純度が高すぎて白くテカってしまう。今ある道具でどう再現するか試行錯誤しています」

自分が今どこにいるのか、どのペースで進めばいいのか。

−−能面師の若い後継はいらっしゃるのでしょうか。

「若い能面師の方は今本当に少ないです。関東に新井達矢さんという、今“若手”として注目されている方がいらっしゃるんですが、その方でも30代後半。同年代という意味ではライバルがいない分、今自分がどの辺にいるのか、どれくらいのペースで進んだら良いかもわからない。
ただ、能面は“写し”なので、そういった意味では、非常に明確な“目指すべき目標”があるともいえます。やることが決まっている分、手は動く。とりあえず今は、敷かれたレールの上を一生懸命走っている感じです。けれど、今後今想定している目標を超えた時、または目標としている父がいなくなった時、自分はどうするんだろうと。今はまだ漠然としています。」

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この日制作中だった面。
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面の目の部分になる金細工もつくる。彫刻、彩色、金工など、工芸の様々なジャンルを一人でこなすのが能面師の仕事。

染みもヤニも、能面が望んだもの。

−−能面は「写し」が基本になると思うのですが、例えばこの先3Dプリンターで再現できる、といったこともありうると思いますか。

「どうなんでしょうか、能は精神性であると思っているので個人的にはあまり賛同はできませんが。ただ、どこまで再現できるのかは興味があります。何百年と歴史がある面の“オーラ”のようなものまで再現されていたとしたら感服するでしょうね。

能面には、能楽師さんの汗、木から染み出したヤニの跡がつくことがあるんです。父に言わせれば『それは能面が望んでつけたものなんだ』と。『ここにちょっと、ホクロがほしいな』と能面が望んだからなのだと。なので、データとして簡単には測れない部分も多いのではないでしょうか」

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イメージを彫るのではなく、木の内側から面が現れる。

「木にも魂が宿っていると思わせてくれる話があるんです。白山比咩神社の御神体となっている面を父が掘らせていただいたときのことです。1991年に台風がきて、倒れた御神木で宮司さんが家具や箸をつくったのですが、やはり御神体となるようなものを作りたいと、父に依頼がきて。すると、ちょうど能面ができるくらいのサイズしか残っていなかったんです。後は節があったり、割れていて使えなかった。これはきっと菊理姫が望んで残してくださったんだと。

誰も見たことがない、菊理姫の御顔を彫っていくわけですから、当然イマジネーションで表情を掘っていくと思われるでしょうが、父曰く『イメージがあったわけじゃない、掘っているうちに御顔が現れてきた』と」 

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菊籬姫の面は、ご開帳時にしかお目にかかれない。こちらは現在制作中の面。

我が出ると「能」ではなくなる。

−−「写し」だけでなく、もっと自己表現をしたい、といった想いはありますか?

「僕の場合は全くないですね。大学のときも、周りは割とコンセプチュアルであったり抽象的な表現に向かう人が多かったですが、僕は具象にばかり興味が向いていました。

それに“自己”なんてものは、出そうとしなくても出ちゃうものだと僕は思うんです。むしろ消そう消そうとしているのに、生き方や生活習慣が出てしまうし、謡にしてもどうしたって地声というものがあるわけで。
また能の場合、自己表現といったものを目的にしていません。例えばシテ方さんが我を出してしまうと、もはや“能”ではなくなる。ただ、能楽師が舞台で舞っている、ということになってしまうんです」

若芽の頃 vol.1/能面師・後藤尚志さん

−−能の魅力を、若い方にどう伝えたらよいでしょう。

「僕も子どもの頃に見たときは“ポカーン”という感じでした(笑)。でも笛の音を聞いていると、もう雰囲気が昔の風景になっている。三本松で遠近感が表されていたり、狂言ならばクルッと一回りすればもう都。限られた舞台や制約の中での表現もおもしろくて。

最初は『道成寺』などの派手な舞台がおすすめですが、僕個人としては静かな能も好きです。形としては静かなのに、内に秘めているエネルギーが凄い。その葛藤。見ているこちらにまで伝播してくる、その緊張感が好きなんです。

例え舞台に入り込まなくても、“何かを考える時間”として能を鑑賞するのも良いかもしれません。今は特に、落ち着いて物事を考えるということが必要なんじゃないかと思っています。能はそういった世界に誘ってくれるものであり、インスピレーションを与えてくれるものなのではないでしょうか」

(インタビュー:2020年3月末)

 

 

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