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移住者インタビュー/田中美海さん「街を元気にする要素になりたい。それが山形に出店した理由です」

移住者の声

2021.09.26

山形暮らしを楽しむ#山形移住者インタビューのシリーズ。2021年の4月、山形駅の西側に新しくオープンした和菓子屋「甘果(かんか)」が舞台。

暖簾をくぐって店内に入るとすぐに小さなカウンターがあり、そこに数種類の和菓子が並ぶ。店名が刻印された「甘果もなか」(6個入り800円)が定番商品で、上生菓子や水羊羹は、その時期によって内容が変わる。お店を営むのは、田中美海(よしみ)さん。製造から販売までひとりで担っている。東北芸術工科大学卒業後、東京、奈良、京都で和菓子の修行を積み、晴れて今年、自分のお店を出すという夢を叶えた。

田中さんが和菓子職人を目指したきっかけとは。まずは、彼女の学生時代の話から。

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黒い壁に茶色の扉が目印

就職に失敗。それが転機となり和菓子職人の道へ

生まれは山形市です。小学2年生のときに父親の転勤で酒田に引っ越し、高校卒業まで過ごしました。大学は、最初東京の大学ばかりを受けていたのですが、見事に全滅。芸工大のオープンキャンパスが好印象だったことを思い出し、最後の後期入試に滑り込んだんです。私が入学した学科は、何かをデザイン制作することは卒制ぐらいで、それよりは企画やデザインそのものについて考えたり、モノの見方を勉強するところ。主な活動は「やまがた宝さがし」というグループワークでした。それは県内に住んでいる方に自分の宝物を応募してもらうもの。それは必ずしもモノじゃなくてもよくて、公園とかでもいいんです。これが、けっこうたくさん応募があるんですよ。その中から気になる応募者に連絡をして取材し、文章にまとめるのが授業のひとつでした。高校時代、地域活性に興味があったのと、ひとりで黙々と作品を制作するよりもグループワークが合っていると感じていたので、この学科での授業はとても楽しかったです。

大学3年になって、就職活動がスタート。そこでもまた東京に行きたい気持ちがあったので、東京の会社を受けていました。いわゆる総合職と呼ばれる職種や広告代理店、印刷所も受けました。なぜ東京かというと、地元から外に出たことがないままに「山形がいちばんいいところ」とは言えないと思っていたんです。将来的に山形に戻ってくるとしても、外の世界を知りたい。住んでみて生活の範囲内で触れられるカルチャーを感じたい。その思いがずっとあったので、今いる場所と対極にある東京に行きたかったんですよね。

でも、就活がうまくいかず…。大学4年の後期は就活アレルギーのようになってしまって、どうにか就職しないで生きる方法を考えなくてはと思いついたのが「手に職をつけよう!」でした。

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自分の好きなものを作る。それが信念。

まず、小さい頃になりたかったものを並べてみました。幼稚園の頃はセーラームーン…無理ですよね(笑)。高学年で植物の科学者になりたかったけど、中学で理系が苦手だと気づいて諦めて。あ、そういえば和菓子職人! と思い出しました。祖母の家に行ったときに雛菓子を出してくれたり、フルーツ盛りのような練り切りをひな祭りで買ってもらって嬉しかったことを覚えていて。大学でデザイン制作はしていないけれど、たくさんの作品は見てきているから和菓子を作るときに役立てることがあるのではないか、とも思って決めました。

卒業後、東京にある夜間の製菓学校に入学。日中は銀座にある老舗の和菓子屋さんでバイトをして週3回夜は学校という生活がスタートしました。

最中が有名なところで、1日にものすごい数が出るんです。よく、和菓子屋の修行ではあんこを触らせてもらえるまで何年もかかるというじゃないですか。だから簡単には触れるわけないと思っていたんです。でもやっぱりあんこを作る現場は見たかったので「見たい」と言い続けていたんですね。そしたら現社長で当時専務が「うちのあんこの炊き方覚えていったらいいよ」って言ってくれて。材料も配合もシンプルなんですけど、同じ配合で作っても同じように作れないのが和菓子の難しいところ。とはいえ、経験をさせていただけたことはありがたかったです。最中以外に、羊羹もすごくきれいなんですよ。角が整っていて、きれいな細工よりそういうお菓子がかっこいいと思うようになっていました。

和菓子との向き合い方もそのお店で学んだ部分が大きいです。製造の現場って大量のゴミが出ると思うんですけど、そのお店は一週間でゴミ袋ひとつしか出ない。材料をすごく大事に使っているんですね。仕上げも丁寧だし、調理場も当たり前だけど、清潔に保たれていて。自分のお店をやると決めたときに、基礎となる部分はこのお店で学んだことが多いかもしれません。

上生菓子のようにきれいな練り切りを作りたくて始めた和菓子職人への道でしたが、その頃にはすっかりあんこに魅了されていました。それは学校の授業であんこの炊き方を学んだときが衝撃的だったからなんです。こしあんは小豆を煮たあとに濾して、それに砂糖を入れて炊きます。あん粒子の細胞膜の中にデンプンが入っているんですが、炊くときにそれを潰しちゃうとベタついたあんこになる。先生から「砂糖をあん粒子の周りにコーティングするイメージで練っていく」と言われたときに、キュンっとして! 「なんだこの世界は!」と。それが和菓子職人として生きていこうと決めた瞬間でした。

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各地で知り合った友人は、財産だと話す。

東京に住み始めて1年が経つ頃、東日本大震災がありました。私自身、大きな被害にあったわけではないのですが、あのときの人の動きや街の様子を見て「ここでは死にたくない」って。東京は好きだけど、離れたいと思ったんです。それで次の修行場所は京都にしようと決めたんですが、いい就職先が見つけられずにお隣の奈良へ。ですがお店との相性があまりよくなくて、改めて京都の和菓子屋を探し直し、そこでは3年半修行させていただきました。

その頃は「自分のお店を出す」と強く意識するようになっていて。やるならひとりで回せるお店にしようと決めていたので、何でも食い込める仕事はグイグイいっていましたね。

季節の変わり目に足を運びたくなるお店を目指して

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角が整った羊羹や美しい色味の上生菓子。田中さんらしいラインナップだ。

お店は都会で出そうとは考えませんでした。修行期間は和菓子とともに、外の世界を知る期間。山形に戻ることをいつの間にか当たり前のように感じていました。多分それには大学時代に地域活性や街づくりを学んだことが大きいのかもしれません。どう関われるのかと考えたときにイベントを開いて呼びかけるのも、インターネットなどで発信することも私らしくない。私には、なにができるのか。

まず今の山形には、街が元気に見えるための要素が少ないのではないかと思いました。その要素がたくさんできれば「山形には何もない」なんて言う人もいなくなるはずだ、と。だったら、私も要素のひとつになりたい。お店を出すことで、山形が元気になるきっかけになれるのではないかと考えたんです。

そう思ったものの京都から戻ってきてすぐにお店を出したわけではなく、そこから空白の3年間があります(笑)。修行の身では資金を貯められていなかったので、まずは派遣の事務で働いて準備金作りを。その期間中にも習っていたお茶教室でお菓子を頼まれたり、お茶道具屋さんに依頼されて和菓子を作ることはありました。友人のお店の工房を借りてはちょこちょこ和菓子作りを続けてはいました。

オープンするきっかけを見つけられなくなっていたところに、新しく始めるカフェで私の和菓子を使いたいと声をかけていただいて、しかもオープン日が決まっているというから大急ぎで物件探し。タイミングよく、元蕎麦屋のこの物件が出てきてくれたんです。ただ、なかなか借り入れの審査が下りなくて…。昨年の夏に見つけて11月に申請を出したんですが、実際に使えるようになったのは今年の2月。オープンするまで長い道のりでしたね。

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あんこは自分で「豆から炊く」そう。「大変だけど、そのほうが絶対においしいから」。

「甘果」という店名は、甘く実った果実のように旬の和菓子を出していきたいと思ってつけました。あとから知ったのですが、食用のさくらんぼは「甘果黄桃」といわれる種類だそうで、運命的なものも感じています。

じつは山形でお店を出すとなったときに、他県から移り住んで商売をされている方たちから「山形でお店を繁盛させるのは大変だよ」と言われたんですね。高いものに対してお金を出さない人が多いからって。でも受け入れてもらえているなという印象。うちはけっこう強気の金額設定のつもりですが、もしかしたら高級食パン屋なども増えてその相場に慣れてきている人が増えているのかもしれないですね。

今はとにかく時間がないのを感じていて。修行先では、何人も製造スタッフがいて同時にいろんなものが出来上がります。だけど、この店ではすべてひとりでやるしかありません。どうしても製造が朝と夜になってしまって、私生活でしなくてはいけないことはかなりコンパクトになっています。週4日の営業だから1日は休めるかなぁと思っていたんだけどな(笑)。でも、お客さんが来なくてどうしようという想定はたくさんしていたから、本当にありがたい限りです。

移住者インタビュー/田中美海さん「街を元気にする要素になりたい。それが山形に出店した理由です」
製造だけではなく、接客も田中さんが行なう。丁寧にひとりひとりと向き合う姿勢に惹かれて訪れている人も多いはずだ。

細く長く続けていくのが目標。和菓子は季節で練り切りのデザインが変わります。味も材料も変わらないけれど、初夏は青葉だったものが秋は紅葉に変わったり。おもしろいですよね。夏はあんみつを出していましたが、秋からは栗を使うものが増える予定。そうやって変化を出して季節の変わり目に「あのお菓子が出る頃かしら」と足を運んでいただけるようなお店になりたいです。

写真:伊藤美香子
取材・文:中山夏美

甘果 https://www.wagashikanka.com/