【鹿児島県指宿市】実直にチャレンジを続け、一人ひとりのお客様に喜んでもらえる書店へ / 米永書店 米永貞嗣さん
指宿市で創業90年以上の歴史をもつ「米永書店」。2024年8月に移転に伴い新築オープンしました。本や文房具の販売だけでなく、コワーキングスペースの運営やシェア型本棚の運用などを通して、様々な人が集う場所へとなってきています。創業時からの背景や新築オープンしてから1年経った上での手応えについて、3代目の米永貞嗣さんにお話を聞きました。

無力を知り、次へ
米永書店は大正末期頃、指宿市内で木造2階建ての店舗兼住宅にて事業をスタートしたといいます。その後、2代目であるお父さんが昭和21年に店舗を新築し継業。書店と文房具店の兼業スタイルで、地域密着型の商いを展開してきたのだとか。貞嗣さんに当時の風景をこのように振り返ります。
「周辺には八百屋や魚屋、肉屋など自営業のお店も多く、賑わいを見せていました。各々のお店では買い物帰りの主婦の皆さんが集まって井戸端会議をしていたり、子どもたちが書店へは漫画を買い求めて出入りしたりと、地域で経済が回り、みんなで豊かな空間をつくっていたと思います。」

県内の大学卒業後、家業を継業するために1年数か月ほど、東京へ。日中は大手書店にて修行をし、夜間は専門学校にて基本的な知識を身につけるという日々を送っていたといいます。貞嗣さんと同じように全国から書店を継業する仲間たちと切磋琢磨する時間の中での気づきについて教えてくれました。
「私はいかに狭い世界で生きてきたんだと痛感しました。仲間の中には地方でも知名度のある書店を継業する人もいたのですが、米永書店は地方のたくさんある小さな本屋さんにすぎず、誰も目もくれませんでした。だからこそ、思ったんです。“自分も積極的にいろんな人とコミュニケーションをとって多くを学んで指宿に帰り、東京での経験を生かさなきゃ”って。」
悔しさをバネに仕事に対する姿勢も前向きになり「どうしたら本が売れるのか?」「他の仲間たちはどのような工夫をしているのか?」など本屋運営について学びながら修行期間を終え、24歳で指宿へUターンし、お父さんと一緒に米永書店を切り盛りしていくことになります。

悔しさを糧にチャレンジし続ける
まずは書店部門にて本の販売、特に当時人気のあったコミック本に力を入れることに。大手出版社へ個別訪問し、取引先を増やしていきながら、東京での経験をアウトプットする日々。
しかし、郊外型大型書店の進出により売り上げが伸びず、27歳のタイミングで家具販売の事業展開も図っていたといいます。官公庁や病院、建築会社などへの外商営業を強化し、飛び込み営業やそこからの地道なコミュニケーションを繰り返し、新規取引先を開拓したそうです。
「最初は結果を出せず、悔しい気持ちでいっぱいでした。それでも、何となくですが確信めいたものがあって、そのうち結果は出せると感じていました。ありがたいことにその時に営業させていただいた企業さんの中には30年以上取引させていただいているところもあります。」
「時代の流れを見極めながら、柔軟に、現実を受け止めながら取捨選択をする日々だったと思います。ただ、その中でもずっと大事にしているのはチャレンジ精神です。その根本には悔しさや危機感があったからこそ、少しずつ変化して事業を広めてこられたと自負しています。」

そんな貞嗣さんにとっての大きな転機がJC(青年会議所)での活動を始めたことだったと力強く語ります。指宿市内の異業種や同世代経営者のみならず、県内外のネットワークや新たな知見を得たことが自己研磨の場になったのだとか。
「業界や環境は違えど、私と同じように家業を継いだ方も少なからずいらっしゃったので悩みの共有もできましたし、何より一人ひとりの提案を面白がって、それを企画として一緒に落とし込んでくださる仲間ができたことは大きかったです。」
そして、30歳を目前に正式に3代目として米永書店を継業。その背中を押してくれたのは2代目であるお父さんだったそうです。
「ある日、突然父が“会社の登記をお前の名前に変えてきたから!”とスタッフの前で言われ、3代目として従事することになりました。今振り返ればJCや地域の付き合いも父が背中を押して行かせてくれたのがきっかけで世界が広がりましたし、私の挑戦も否定することなく、常に見守っていてくれていたと思います。初代から積み上げてきた地域での信頼や長年支えてくれているスタッフの存在もあるからこそ、私は生かされているんだと強く感じています。」



今までにない新しい書店への挑戦
2015年。国土交通省による国道拡張工事計画に伴い、その対象範囲には米永書店も含まれ、お店を移転するかどうかの判断をしないといけない状況に直面することになります。
そんな時、指宿市役所近郊に親族の土地があることがわかり、その土地を活用して倉庫を新築することを決心したといいます。
「最初は単に本や文房具、家具を保管する倉庫にしようと思っていたんです。でも、知人の設計士さんに相談をしたら、私の想像を超えるプランをいくつも掲示してくれて、倉庫だけでなく店舗も出そうと決意しました。」
その後、県内外問わず、先進的な取り組みやデザイン性のある空間づくりを行っている全国の書店や文房具店、図書館などに直接足を運び、感じたことを設計士とともにプランに落とし込んでいったのだとか。
「どの場所もワクワクする空間や取り組みで今までにない感覚ばかりでした。何度もラフスケッチを描いては、新しいプランを考える。それが1年程続いたと思います。」

そして、2024年8月。元々あった店舗から移転し、倉庫機能と店舗機能を融合した「米永書店」として新築オープンすることになります。
少人数体制でもオペレーションがスムーズにできるようレジカウンターを中央に配置し、さらに文房具はスペースを縮小し、効率的な陳列を実現しています。また、書籍の選書はテーマやコンセプトを重視しながらスタッフとともに選書し、絵本作家の特集やジャンルごとの棚づくりを実施しているのだとか。
また今までにない本屋のイメージを覆す機能として店舗内にコワーキングスペース「knot」やシェア型本棚「cobaco」(以下:cobaco)を設置。cobacoではひと棚を月額一定料金で借りることができ、使い方はその棚主の自由。自分を表現し、それを書店に訪れた人と共有し、繋がっていく。さらに1~2ヶ月に一度、任意の日にワークショップや物販などの催しを企画でき、書店を訪れた人と交流ができるという仕組みになっています。


「今のままでは書店として生き残るのが難しいという危機感もあり、いかにこの場所へお客様に足を運んでいただくかを意識した仕掛けを考えました。」
「先日、棚主になっている医療法人さんが高齢者と高校生をペアにしたワークショップを行い、普段接点のない世代同士で交流もできましたし、医療や介護に対する認識も深まった時間でした。他にも指宿に移住されて将来コーヒー屋さんを始めたい方がドリップコーヒーを淹れることで、コーヒー好きの方が集まったりと、企画によって足を運ぶ方も様々です。」




お客様に喜んでもらえるように、実直に
「他の地方も一緒だと思いますが、人口約30,000人の指宿市で書店単体で勝負していくのは現実として厳しいです。だからこそ、書店だけでなく、外商(※)などを含んだ多角経営で勝負していかないとこれから生き残っていけないと感じています。」
そう力強く語る貞嗣さん。新築オープンしてから指宿市内だけでなく、市外からだったり、幅広い年齢層のお客さんが足を運んでくれる光景を目にし、書店としての意識が変わったといいます。
“米永書店に足を運ぶお客様に、どうしたら喜んでもらえるのだろう?”
そんな意識があるからこそ、スタッフも含めて、働き方に変化が出てきたそう。
「世の中のトレンドを調べ、自分たちが良いと思った本を仕入れるようになりましたし、まだ知名度がない絵本作家さんの本を仕入れ、自分たちでしっかりコメントしたポップをつくったり、SNSで一冊一冊紹介するようになりました。」
(※)書店においては、大学や研究機関、官公庁など、公費で書籍を購入する機関を対象に営業活動を行う部門のこと。また、売場を通さず、直接客に販売することも意味する。



これまでの変遷を辿ると、目の前の課題としっかり向き合いながら、時間をかけてチャレンジを続けてきている印象を受けます。最後に今後の展望について聞きました。
「人口の少なさだったり、地方の書店だからを理由にチャレンジすることを諦めたくはありません。今のお客様もですが、先々代の祖父や、先代の父からの馴染みのお客様にも愛されてきたからこそ米永書店はここまでこれました。変わらず地域の皆さんに愛されるように努めたいですし、同時に地域に恩返しができたらと思っています。」
「米永書店は昔から正直に商売をしていて、それは私の代になっても変わりません。一生懸命、かつ、真面目に書店を経営するスタンスはどこにも負けません。お客様に喜んでいただけるように私たちができることを実直に続けていけたらと思います。」
屋号 | 米永書店 |
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URL | |
住所 | 鹿児島県指宿市十町2358-1 |
備考 | ●米永書店 公式HP ●米永書店公式LINE https://page.line.me/635hjwjh?oat_content=url&openQrModal=true ●Book and apart こばこ & coworking space knot |