わたしの三浦移住 【Kansaijin in Miura】
いまからちょうど1年前の夏に関西から三浦への移住を叶えたライターのHさん。1年経って自分好みに整えた部屋を見に、そしてせっかくだから三浦の美味しいものを食べに行こうと誘っていただき再会しました。購入当時のことを振り返り、また今の暮らしぶりについてもお知らせいただいたので、移住の一例としてご紹介させていただきます(以下ほぼ原文のままです)。

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私は大阪生まれ、兵庫育ちの生粋の関西人である。20代の一時期、ほんの数年だけ東京で暮らしたことがあるが、関西在住歴の方が圧倒的に長い。そんな私が関東への移住を考えるようになったのは2人の子どもの上京が確実になったからだ。京都の大学に進学したと思っていた長女はいつの間にか大学を中退して東京に住むことを決めていたし、当時高校生だった息子は大学には行かずお笑い芸人になるために東京の養成所に入ると言い出した。姉が姉なら弟も弟である。何度か説得を試みたが状況が変わることはなく、親としてやれることはやったので私も前に進むことにした。これが私の関東移住計画の始まりである。
当時のわが家は築30年超の戸建をフルリノベーションしており、床は天然木、壁は漆喰、庭木は……とやりたいことをすべて詰め込んだ相当なお気に入りだった。そんなに思い入れのある家を、2人の子どもと犬2匹(1匹は移住計画中に他界)の思い出がたっぷり詰まった家を、なぜ引き払って関東に移住するのか。いろいろと理由はあったが、「思い出に縛られる地縛霊おばさん」になりたくなかったというのが大きい。また、コロナ禍でリモートワークが浸透し、ネット環境さえあればどこでも仕事ができるようになったのも後押しになった。というか、この条件がなければ移住はできなかったと思う。

さて、家探しである。最初に目をつけたのは、東京R不動産に掲載されていた多摩川を眼下に望む青梅市の中古マンションだった。しかし、ペット可ではあったものの小型犬のみという規約があり、あえなく撃沈。その後もいいなと思える物件とはめぐり合えず、人間と犬が暮らせる「そこそこの家」を探すのが意外と難しいことを思い知らされた。ちなみに私にとっての「そこそこの家」とは、古くてもどこか味わいがあり(クッションフロアや真っ白で無味乾燥な壁紙ではなく)、周りに程よく緑があり(コンビニとかドラッグストアではなく)、まちに洒落た本屋や花屋、おいしいごはん屋さんがある(文化的な香りがする)のが理想……だったが、そこは東京。私の予算では非常にハードルが高いことに気づき、そのおかげで鎌倉R不動産と出会うことができた。
R不動産に東京、大阪、神戸があることは知っていたが、実は鎌倉があることは知らなかった。サイト内の「全国のR不動産」から鎌倉を見つけた時はうれしかったが、でも、お高いんでしょ?という気持ちの方が大きかった。ところが、意外と予算に近い物件もあり、以来、私の家探しは鎌倉R不動産一択になった。そして、ついに、やっと、ここだ!という中古マンションを湘南の西側である平塚市内で見つけたのである。私はすぐさま問い合わせメールを送り、のちに家探しの盟友となる鎌倉R不動産のWさんとやり取りを始めた。

結論から言うと、私はこの物件を買うことはできなかった。住宅ローンの審査を乗り越え、売主さんに熱い思いを伝えるお手紙も書いたが、いろいろな事情が重なり、泣く泣くあきらめるしかなかった。この泣く泣くというのは比喩ではなく、私は家探しの最中、何度もこのWさんとの電話でリアルに泣いている。家庭状況、健康状態、職業すべてにおいてマイナス要因が多い我が身を憂いて「私って社会的弱者ですよねぇぇぇ」と泣き崩れたこともあれば、一緒に移住するつもりだった老犬が死んだ時にも「連れていく犬が1匹になりました」と電話口で嗚咽したこともある。10歳以上年上の関西人の泣き言を全身全霊で受け止め、時には一緒に涙しながら寄り添ってくれた。私はこの頃から「この人の仲介で家を買う」と決めていたのだと思う。
関東移住を阻む数々のハードルの出現にも私は怯むことなく、いやむしろ絶対に理想の家を見つけてやると執念すら燃やしていた。他社の住宅サイトからも目ぼしいものを見つけ出してはWさんに送り付け、「これ、どう思います?」と困らせた。今思えば、あの時の私は物件を買えなかった過去にとらわれ、焦り、何でもいいから買いたいと思っていたのだと思う。正直、送り付けた物件のほとんどは理想とは程遠く、もしもWさんが仲介手数料にしか興味のないTHE営業だったら、私はとんでもない家の住宅ローンを払うことになっていただろう。

そんな時、以前に少し気になっていた物件が鎌倉R不動産に再び掲載され、しかも価格もギリギリ予算内に変更されていた。これや!と私はすかさずWさんにメッセージを送ったが、「その物件はほぼほぼ決まりかけている」との返事。再びの意気消沈である。しかし後日、決まりかけていた契約が白紙になったと連絡が入り、ここから私の関東移住計画が一気に動き出した。
築18年でまだ新しく、すでにリノベーションされていたその物件はきれいで、なおかつ細部にまで気の利いた内装デザインがとてもよかった。クッションフロアではない木の質感が足裏に気持ちいい床、ざらっとした手触りの壁紙は表情があるのに漆喰よりもずっと扱いやすそうに見えた。私は黒の大きめタイルが貼られた洗面所が特に好きで、自分では絶対に選ばない黒を使った内装に、食わず嫌いだった黒への謝罪の思いすら湧いた。今まで良さに気づかなくてごめん。

そして何よりベランダが広く、気持ちよさそうに寝そべる愛犬を想像できたのが大きかった。(実際にベランダは彼の大のお気に入りの場所になり、「寝るから開けろ」とアイコンタクトしてくる日々である)さらに隣戸との境がいつでも突き破れる仕切りだけではないのがいい。私はマンションのあれが苦手で、ほぼコンクリート壁の仕切りにも密かに魅力を感じていた。

私は最初の内見で購入申し込みをすることを決め、未来のわが家のリビングで書類を書いた。そう、ここから契約まではもう怒涛の展開だった。社会的三重苦からの不動産購入という簡単ではない道をゴールまで無事に駆け抜けることができたのは、Wさんのアテンドがあったからと断言していいだろう。この人がすごいのは足元を照らしつつ、その先に何が待ち受けているのかも教えながら伴走してくれるところだ。そして、指示がとにかく的確で簡潔でわかりやすい。だから安心して不動産購入という道を走れるし、次にすべきことの心の準備ができる。関西に居ながら、仕事をしながらの不動産購入だったので、「それ、先に言うといてよ」がなかったのは本当にありがたかった。

購入と並行して関西の不動産会社と自宅の売却も進めていたのだが、実は売却の際にも私はこの鎌倉R不動産のWさんに泣き言を聞いてもらっており、ここでも的確なアドバイスに助けられていた。購入の仲介という自分の仕事はもう終わっていたにもかかわらず、鎌倉からエールを送ってくれてありがとう。

三浦市に住んでやっと1年。横浜と横須賀の違いもわからなかった関西人は少しずつ地域になじみ、犬の散歩を通じて多くの犬友さんともつながり、楽しい移住ライフを送っている。私が住むマンションは同世代より年上の方が多く、みなさんとても穏やかで優しい。それも暮らしやすさのポイントだろう。畑が趣味のお隣さんから無農薬野菜をおすそわけしていただくたび、ありがたくて泣きそうになっている。またこの部屋の売主さんは、地元の不動産業者さんだったこともあり、女手ではできない大工仕事を諸々買って出ていただいたこともとても心強かった。そう、私はたくさんの人に支えてもらいながら生きている。一人じゃないと思えるのがありがたい。わが家の東向きの大きな窓からさんさんと差し込む太陽の光を浴びるたび、この家を選んでよかったと思うし、買えるよう助けてくれたWさんのことを思い出す。ありがとう、これからもよろしくね。

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鎌倉R不動産・担当Wより
Hさんとの家探しは、譲れない点がはっきりしていたし、住宅ローンのことを考えると「この条件内で」というのが明確でした。その上で、Hさんは隅々まで鎌倉R不動産のサイトを見てくれて、内見の前から実際に住んだときのことや、周辺環境のイメージを明確にしてくれていました。土地勘がない中での物件探しと内見でしたが、事前にある程度サイトを見てイメージを作る。という作業をしてくれていたことで、スムーズに購入に進めたのだと思います。このようにR不動産のサイトを使いこなしてくれたことに感謝しつつ、盟友と言ってくれたことも嬉しくて。これからも、三浦生活を満喫して、たまに遊びに行かせてくださいね!とお伝えしたいです。
名称 | 鎌倉R不動産 |
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