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旅のはなしvol.4 / 笹原健史さん「アメリカに魅せられて」

地域の連載

2020.06.02
旅のはなしvol.4 / 笹原健史さん「アメリカに魅せられて」
笹原健史さん(本人提供)

洋服って、生地が変わったり、縫製技術が進化したりはしているものの、昔の型の練り直しが多いんですね。例えば今だったら、70年代ファッションの人気が出ているとか、90年代ファッションが復刻しているとかいろいろありますけど、一言で言うと焼き回しなので、一つずつ掘り下げていくと、古着やヴィンテージに行き当たるとよく言われていて。それでやっぱり自分も行き当たっちゃったというかんじで。

僕らはアメリカものの古着を専門にしているのでアメリカの田舎の方へよく買い付けに行きますが、探すときには広く深く。ブランドの知識や年代別の特徴など、アンテナは常に立てていないと、見つけるのは難しいかもしれないですね。古着の山のことを、業界用語で「モントン」と呼んでいて、スペイン語で「山」や「塊」を意味する言葉だと思うんですが、行くとその場を仕切っているメキシコ人がモントンを指差して「Tシャツはあそこらへんにあるよ」とだけ言うようなかんじで。それすら言ってくれない人もいます(笑)

全米に何カ所か元卸があって、アポイントを取ることは比較的容易なんですけど、でもこういう世界は騙し合いが日常茶飯事。1時間とか3時間とか時間を区切って見せてもらうんですけど、最初は変なものを見せられたりして。「ここから買うようだったらこいつは目がないな」とか、「こいつは全然買わないからちゃんとしたもの見せないとまずいな」といった視線を感じながら、到着した時点から駆け引きが始まっているかんじです。いい品物が他所に流れてしまう前に入手するためには、何度も足を運んで顔を憶えてもらい、「こいつは金払いがいい日本人だったな」とか、「ある程度の言い値で買ってくれるいいやつだな」とか、そういうイメージをせっせと植え付けて(笑) ビジネスですから、いつでも裏切られる世界なんですね。

旅のはなしvol.4 / 笹原健史さん「アメリカに魅せられて」
目当てのものを探すために、アメリカ滞在時には片道数百キロの道のりを車で移動する(笹原健史さん提供)

でも、彼らも商売ですし、やはり日本人のファッションセンスというのは無視できないカテゴリーというか。日本はもともと着物の国なので、洋服に関しては後進国かもしれないですが、日本人のファッションセンスそのものは、もう80年代頃には洋服を商売にする人たちのあいだで一目置かれてきたんです。

そういった歴史も踏まえたうえで、日本人であることをうまくアピールしていくかんじですかね。「こういうシャツがいま人気あるよ」とか、「日本でいま流行っているから、アメリカでも流行るかもね」と実物を見せて話したり、日本のファッション誌を持って行ったり。

そのやりとりのなかで、「こういうボタンの付いた服があったら必ず抜いておいてね」とか「この刺繍のやつは必ずとっておいてね」とお願いしたり。こういう日本人が来ることで、これがビジネスになると気づいて相手も様々に交渉するようになり、こちらもいい情報を教えるからぜひ仲良くやろうよと、コミュニケーションを深めていくわけですね。

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本物のインディアンジュエリーを探すときには、インディアンの居住地区であるニューメキシコ州のサンタフェへ向かう。これはその買い付けの際の空き時間に立ち寄った、米国最古のマリア像を安置する聖フランシス大聖堂(笹原健史さん提供)

自分の場合、日本人であることを誰も知らない場所に行って日本に服を送るという、ある意味では日本人らしい仕事をしていると思うんですね。そういう旅そのものが、人生なのかなあと。アメリカのような壮大な自然を見て、広大な土地で育ったなら、やっぱり日本人のような考え方とは違ってくるだろうなと思います。でもこういった日本人としての見方でいろいろなことに気づけるのも、やはり日本人だからではあるんですけど。旅で学ぶことは、すなわちその人の色そのものだと思いますね。

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買付時の終盤、滞在先のホテルの部屋はいつも日本へ発送するダンボールでいっぱいに(笹原健史さん提供)

こんな風に繰り返しアメリカに行きながら、それでも毎回一度は価値観がひっくり返るような体験があったりもするんです。人種差別とかっていうのは、ニュースや教科書で習いますけど、実際に受けてみて初めてわかりました。

例えば、物を持ってレジに並んでいて順番がきたのに、「お前は日本人だから後だ」みたいなことを平気で言う人がいる。さらに、人種差別を受けてしまった日本人や黒人の人たちが、公衆トイレのなかで暮らしていたりする現実もある。そういう場面に実際に立ち会ってみて、差別っていうのは、いいことはまったく生まないんだなと。差別を受けたことをバネに頑張っていった人もいるとは思いますけど、それは本当に強靭な精神力の人で。こういうことは、実際に体験してみてわかったことですね。

逆に、差別をしない白人だってもちろんいて、自分の孫なのかっていうくらいの親しさで接してくれるおばあちゃんおじいちゃんもいたりする。自分が差別を受けたあとでそういう優しさを見せてもらったりすると、やっぱり人間ってこういうものだよなって感じてしまったりもするし。でも、若い人たちには、アメリカのような大きな国で、言葉というより身体でこういうことを体験してみると未来が変わってくるかもしれないよっていうことは、伝えたいですね。

そもそもアメリカに魅せられてしまったきっかけは、実はスケートボードなんです。10代前半の中学生になったばかりの頃、当時はインターネットもまだないので、スケートボードのトリックのようすをビデオで観ていたんですよ。そのビデオは、メーカーごとにストーリー性があったり、ただスケボーをやっているだけじゃないんですね。

リアルタイムで当時自分の好きなスケーターや選手も出てくるんですけど、ファッションが日本人のそれとは全然違うんですよ。当時はみんなダボダボのパンツを履いているのが日本では主流だったんですけど、ビデオのなかのスケーターたちは普通にジャストサイズを履いていたり。それを観て、そうか、これがスタイルっていうことなんだとわかって。黒人もいればメキシコ人もいて、女性もいるし、和気あいあいとしたアメリカのスケートボードを見たことが、ファッションとアメリカに目覚めてしまった最初の出来事だったような気がします。

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ストリートスケートのパイオニアであり、音楽や洋服デザイン等でも名を馳せるTGことトミー・ゲレロと。10年ほど前、買い付けで午前5時に向かったサンフランシスコのフリーマーケットにて。「こんな人と会えることも楽しみの一つですね」と笹原さん。(笹原健史さん提供)

そこで自分にとっては初めて目の輝くものを見つけたというか。これで食っていきたい、自分は服屋をやりたいという腹が決まり、中学を卒業する頃に両親を説得しました。すると、「就職できるならいいよ」と条件を出されて。当時山形市内にあった洋服店に行ってみるとおもしろがってくれて、「じゃあ採ってやるからその代わり頑張って働けよ」と言ってくれて。「これでもう学校に行かなくていい!」って気持ちですよね(笑) 自分にとって高校や大学というところは、将来や自分の設計をする場所というイメージだったので、「自分はこれで人生設計して食っていきたいから、行かなくていいでしょ、ねえお父さんお母さん?」って。

それで運良く就職できて、そのまま山形で3年間働いて。二十歳くらいにはもう自分の店を始めたいんだとあるとき切り出したら、東京出身の母親から「ファッションの最先端は東京でしょう。そこで自分の力が通じるのなら二十歳でお店をやってもいいけど、まだ早いんじゃない?」って、まあうまく丸め込まれまして(笑)

それで当時はインターネットも普及してないので、ファッション誌に載っていた大手のセレクトショップの電話番号を見て、北は札幌から南は福岡あたりまで全店舗に電話をかけていきました。唯一、渋谷のSHIPSだけが募集していたので面接を申し込み、のちに大先輩になる面接担当の方が、「その年で、学校に行かないでもう服屋で働いてんの?」って、これもまたおもしろがってくれて。その日のうちに採用の電話をもらい、それから買付のいろはを学んで、27歳のときに山形に戻り自分の店を始めました。

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笹原さんの経営する古着店「jamming」店内のようす(笹原健史さん提供)

あのとき、やっぱり母親は枚も枚もうわてだったというかんじですよね(笑)  実は今、買い付けてきた服を洗ったり整えたりする仕事は、母親と二人でやっているんです。母もいろんなものをこれまでに見てきているので、自分のスタイルがあるというか。古着屋というと、洋服を比較的そのままの状態で店頭に出しているお店もあると思うんですけど、自分の場合はお金をいただくうえで、そのまま出すというのはちょっとできなくて。ここに至るまで新品畑の新品育ちなんで。やっぱり最低限のことはしてからお店に出したいなとは思っています。

日本のフリーマーケットだと、東京の代々木公園で開催される数千人規模のものなどがあって、今はコロナの影響で全然開催されてないですが、通常だと年に5回くらいは自分たちも必ず出店しに行くようにしているんです。自分も若いときに、東京の一番とんがっているところに行きたいと言って出た人間なんで、10代くらいの若い子でも、おしゃれな子や自分のスタイルを持っている子はいっぱいいて。そういう子たちの生のファッションを、フリーマーケットで感じ取ったり、定期的に東京の服屋さんを見に行ったりしながら、肌で感じるようにはしています。雑誌やインスタグラムなどで日々いろいろな人が発信していますけど、実際に物を見て、ストリートにあるリアルなものを、直に感じていたいなと思いますね。

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写真:笹原健史さん提供

<プロフィール>
笹原健史(ささはら・たけし)

1979年生まれ。山形市出身。山形市内の洋服店、museum for ships渋谷店、supreme tokyoに勤めたのち、Uターンして自身で買付を行う古着店jamming2006年に山形市内にオープン。2010年に移転して現在の場所で古着や雑貨を扱うとともに、WEBサイトでのオンラインストアなども展開している。https://love-jamming.stores.jp/