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【山形/連載】映画の街に暮らす(11)/ 黒澤明、雪国の青春賦

山形の連載

2021.03.04

ユネスコ創造都市ネットワークに加盟した山形市は、いまや世界に誇る「映画の街」。その現在があるのは、映画とともに生きる人々がいたから。そして、映画に関わる様々な活動が蓄積されてきたから。連載「映画の街に暮らす」は、そうした記憶や想いや物語を、この街の映画文化に人生ごと深く関わってきた高橋卓也さんが語るシリーズです。

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【山形/連載】映画の街に暮らす(11)/ 黒澤明、雪国の青春賦
映画「雪国」より

この冬、山形は久しぶりに雪国だった。雪に恵まれた県内各地の風景を見て、昭和30年代の自分の幼少期を思い出した。母は初市で買った木製の橇(そり)に小さい私を乗せて、いつも幼稚園への行き帰り雪の歩道を引いて歩いた。橇に揺られて見た雪景色は今も蘇る。

雪はふんだんにあった気がする。男の子は竹を割いて作った約30センチの竹スキー、女の子は雪下駄を履いて、丘の傾斜を飽きもせずに繰り返し滑り降りるのが雪遊びの定番だった。今はそんな姿はどこでもにもないのは当たり前だが、コロナ禍で迎えた初めての冬、子供たちはどんな風に雪と遊んでいたのだろう。

雪国といえば、山形国際ドキュメンタリー映画祭では2005年と2019年、2度上映された『雪国』(監督 石本統吉/製作 芸術映画社/1939/モノクロ/38分)という映画がある。これは山形県新庄村(当時)で足掛け3年に渡る撮影を経て公開された、日本ドキュメンタリー草創期の記念碑的作品で、豪雪に降り込められて生きる人々のありさまを細やかに伝え切って、「生きる」という営みへの深い感慨をもたらす傑作である。雪害を少しでも克服しようと努力を続ける雪国の人々の生態を捉えた映像は力感溢れる一級の記録資料である。

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「雪国」より

『雪国』は、現在、新庄市の「雪の里情報館」に所蔵されており、館内のモニターで見ることも可能だ。

そして、この雪の里情報館の前身は、昭和8年(1933年)、生活に苦しむ雪国の農村を立て直すことを目的に、日本で唯一造られた「旧農林省積雪地方農村経済調査所(通称=雪調(せつちょう)」という農林省の出先機関だった。雪とは何か、雪害対策のみならず冬季農閑期の農民の様々な経済活動や手仕事を推進した実験場であり、民芸運動の基地でもあった。

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雪の里情報館パンフレットより

雪調の初代所長だった山口弘道は、この映画『雪国』の誕生に深く関わっていたと言われ、この記録映像はまさに「雪調」の存在の必要性を裏付けるに十分な説得力を持っていた。生活を見つめ記録し表現する。啓蒙と芸術表現がこの作品に結晶し、短編ながら見応え充分で忘れがたい印象を残す。雪国のみならず、多くの人に観て欲しい作品である。

若き黒澤明が『雪』という映画脚本を書き残していることをご存知だろうか。

岩手や山形県最上郡などで3年に及ぶ撮影を経て完成した映画『馬』(監督:山本嘉次郎/主演:高峰秀子/1941年)という作品がある。その制作に黒澤明は制作主任(助監督)として参加し、雪深い東北の風土や其処に生きる人々に魅(ひ)かれて、オリジナル脚本『雪』を書き上げ、『馬』の公開翌年(1942)には日本映画雑誌協会の国策映画脚本に応募して1位入賞を果たしている。黒澤明、32歳。しかし、太平洋戦争が徐々に激しくなる中、このシナリオの映画化は実現しなかった。

余談だが、黒澤明は映画『馬』の製作中に、仔馬を育てる農家の少女を演じた当時10代半ばの新人女優 高峰秀子と恋に落ちたらしい。将来有望な二人の結婚話は新聞にも取りざたされたが、高峰の身内の強硬な反対で結ばれなかったという。

雪国に親しんだ黒澤明が書き遺したシナリオ。この生まれなかった映画を改めて映像化してくれる人はいないかと以前からボヤいている新庄の友人がいる。

その彼が数年前、『雪』のシナリオをぜひ読んで欲しいと、「全集 黒澤 1巻」(岩波書店)を貸してくれた。

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驚いたことにそこに描かれていたのは「雪調」が行なっていた雪害対策やその精神そのものを云えるような内容だった。

東京から若き物理学者が東北の雪深い農村地帯に赴任して来る。全国の豪雪地帯を巡りながら雪の研究をしているのだ。その青年は経験や因習に固執する村の古老や農村改善に興味を持つ青年たちと交わりながら、融雪促進と稲作の関係を実証するなど雪害の改善に挑む。ひた向きで孤立しがちな若い物理学者を手伝う内に村の娘ふみの心には雪を溶かすような感情が降り積もってゆく。11月から5月までの半年間、雪の生命ような北国の物語である。

コロナと雪に閉じ込められた山形の冬、ふと思いついて、黒澤の随筆「『雪』について」と共に、6年ぶりにこのシナリオを読み返した。

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画家を志していた黒澤青年が映画の世界に身を投じるのは1936年、その後、山本嘉次郎監督を師と仰ぎ助監督時代を過ごす。東京生まれの黒澤が雪国とそこに生きる人々に向き合ったのは、おそらく『馬』の制作に参加した時が初めてだったろう。

3年に渡り親しんだ東北地方の生活、その間の見聞と経験を基にしてシナリオ『雪』を書き上げた。茫然とするばかりの雪国の春への序章の見事さ。『馬』の撮影ではつかまえ切れなかった雪国の最も美しい姿をこの作品で捉え直したいという願いが、随筆「『雪』について」の中にも滲んでいる。しかし自分は、雪国の様々な魅力や陰影の中では未熟な子供であり、もっと沢山苦しまなければならないとも書いている。映画を創り出す中でまさに青春を生きていた黒澤の言葉の率直さに打たれる。

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そして、「雪国の世界に遊ぶ」と題したエッセイの中では、映画化の際に関わるかもしれぬスタッフや俳優に向けて、『雪国』の物語展開や登場人物のそれぞれのキャラクターを、交響楽と個々の楽器に例えて活き活きと説明している。そして文の最後に、仮想のスタッフや俳優たちに「雪国の世界でのびのびと遊ぼうではありませんか」と呼びかけているのが微笑ましい。

黒澤さんの実らなかった恋、痛みの中で書いたであろうシナリオ、そして生まれなかった映画。そのことがまさに雪国の青春賦、キラキラした物語りではないか。

『雪』、物語のヒロインふみの若き物理学者への想いは降り積もる。しかし春の訪れとともに雪のように消えようとする・・・。雪を捉えようとした黒澤の情熱と雪国に生きる人々の息遣いが伝わってくる素晴らしいシナリオ。

しみじみと面白かった!