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映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる

地域の連載

2020.10.25

ユネスコ創造都市ネットワークに加盟した山形市は、いまや世界に誇る「映画の街」。その現在があるのは、映画とともに生きる人々がいたから。そして、映画に関わる様々な活動が蓄積されてきたから。連載「映画の街に暮らす」は、そうした記憶や想いや物語を、この街の映画文化に人生ごと深く関わってきた高橋卓也さんが語るシリーズです。

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映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる

紅花の映画を作って欲しいと言われたのは、2016年の冬頃だったと思う。友人の紹介で会った人たちは、最上紅花の栽培農家や草木染に関わる人など山形在住の方々だった。

その昔、紅花は山形の各所で栽培され、最上川を辿り、酒田港から北前船で京や大阪に運ばれ、高価な値段で盛んに取引されて山形に大きな富をもたらした、らしい。その歴史的背景ゆえに今は山形の県花になっているが・・・通り一遍のことしか知らない自分にとって、紅花の映画を作って欲しいという言葉は戸惑いでしかなかった。

なぜ、いまどき紅花なのか。

濃淡の違う様々な紅染めの織物に見惚れながら、最上紅花の栽培や歴史や意外な効能など2時間ほどお話を伺った中、かろうじて自分の気持ちに引っかかったフレーズがあった。

紅染の布や着物は天日に晒したり時が経てば色褪せるのは天然であるが故の宿命。だからこそ大事に着たり扱う意識や作法が人の側に生まれる。また徐々に色彩を失ってゆくことや風合いの変化を在るがままに味わう感受性を大事にしたいと。

化学染料を使えば似た色は作れて半永久的に褪せない。現代人にとって利便性が高いのはそっちで、何をわざわざ色褪せ弱ってゆく布地に気を使いながら生きる必要があるのか。タフで便利で安価で気分が変われば捨てても惜しくない方が良いに決まっている。そんな理屈を濃厚に反映させて進んで来たのが、この数十年の日本の社会だっただろう。その恩恵に浴して来た自分の中のシコリみたいな物に気付かされるのは、自然と向き合って生き方を整える喜びを知っている人に出会ったときだ。

映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる

この時もそんなことを感じて、以前、製作に関わった映画のことを思い出していた。山形の在来作物とその種を守る人々を記録した作品『よみがえりのレシピ』。日本の高度成長期、大量生産・大量消費の時代に失われた多くの在来作物。少数の農家の自家採取栽培で生き延びた作物はその土地の風土の味を濃厚に宿す。作物本来の美味しさを未来に継承しようとする人たち。自家採種によってこそ守られる種の多様性、その土地に根ざすが故に過剰な農薬を必要としない安全性。現代の多様な料理にも魅力を発揮できる新しい食材として捉え直し、栽培農家を孤立させず、料理人や加工業者、地域や消費者たちが繋がり支える動きが県内で起きていた。栽培に手が掛かり大量生産には向かない在来野菜を地域の宝として守り続けるには、失われがちな人と人との関係性の再構築が必要になる。人と人との繋がりのよみがえりがコミュニティを少しづつ変える。

紅花も長い歴史を孕んできた在来作物だと思い当たる。中近東からエジプトにかけての高温乾燥地帯が原産とされる紅花がシルクロードを経て日本に伝わったのは室町時代末期(14世紀)と言われる。遡って3世紀には奈良の纒向(まきむく)遺跡から大量の花粉が見つかている。古く遠い起源を持つ種が長い旅の末に日本の北国 山形に根付いたことの不思議が何とも楽しい。最上川流域の肥沃な土壌と朝霧の立ち込める気候風土が栽培に適し、江戸時代には全国の半分以上の生産量を誇った最上紅花は、西陣織等の染色、口紅・頬紅の化粧原料として流通し、巨万の富や都との文物交流を山形にもたらした。だが今は基幹産業の種ではなくなり、私と同じく紅花について何も知らない人がほとんどなのだろう。一方で、盛りをとうに過ぎて色褪せたかに見える最上紅花の文化の底流に残っている繊細な価値に感応し、守ろうとしている人たちが紛れもなく居るということは間違いない。気持ちが少しづつ動いた。

人を惹きつけて来た紅の色とは何なのだろう。紅花とは何なのか。きっかけを頂いてから本格的な撮影を始めるまで実は1年半ほど間が空いてしまった。山形国際ドキュメンタリー映画祭本番を挟んで多忙だったこともあるが、紅花の歴史や文化の奥行きに目眩がして手がつけられずにいたのが正直なところだ。

2018年の3月から、出羽地区で最上紅花を育てて来られた長瀬正美さん・ひろ子さんご夫妻の畑に、佐藤広一監督と通い始めて、やっと迷いが薄れた気がした。それは何かと言えば、耕された土の匂いが濃厚に匂ってくる畑に最上紅花の種を蒔く長瀬さんの様子や遠い山並みを見ていて感じた、紅花はまずは生き物なのだという感覚。そして世話を焼き大事に育てようとする人がいるという至極当たり前のことに、何かホッとしたのだ。バカみたいな話だが、ここからなら映画を作れるかもしれないと思った。

映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる

映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる

映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる
撮影風景

そうこうしているうちに、「山寺と紅花」が文化庁から2018年度「日本遺産」に認定され、翌192月には、最上川流域の紅花システムが、日本で唯一、世界でも稀有な紅花生産・システムとして日本農業遺産認定を受けた。さらに今年7月、山形県紅花振興協議会は世界農業遺産への認定申請に係る申請を日本農林水産省に提出。現在、審査が進められている。

我々はといえば、20206月、やっと映画『紅花の守人』製作委員会を立ち上げることができた。一般の市民有志による任意団体である。1月に準備会を開いて、それまで撮影して来た一連の栽培の映像をラフカットに纏めたものを初めて見ていただいてから約半年後のこと。普通は組織を作ってから撮影に入るのだろうが、全く順序が逆になってしまった。まとまったお金をもらっていつ迄作るというやり方とは程遠い、マイペースな自主制作の映画作りに付き合ってくれている長瀬さんや製作委員会の方々や支援者の方々には感謝に堪えない。

映画の街に暮らす(8)/ 紅花の映画をつくる
本編スチール

新型コロナも念頭に置きながら、そろそろ、「紅花の守人 栽培編」(監督:佐藤広一、44分)の小規模上映会をいろんな地域で開きつつ、次の撮影を進めることにしよう。紅花やそこから生まれる古くて新しい可能性が現代の私たちの暮らしの中にどんな風に花開いてゆくのか、県内外に足を運び、また人と出会いながら見てゆきたい。