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【山形 / 連載】映画の街に暮らす(12)最終回/ふたたび大事なもの

地域の連載

2021.04.23

ユネスコ創造都市ネットワークに加盟した山形市は、いまや世界に誇る「映画の街」。その現在があるのは、映画とともに生きる人々がいたから。そして、映画に関わる様々な活動が蓄積されてきたから。連載「映画の街に暮らす」は、そうした記憶や想いや物語を、この街の映画文化に人生ごと深く関わってきた高橋卓也さんが語るシリーズです。

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【山形 / 連載】映画の街に暮らす(12)最終回/ふたたび大事なもの

新型コロナ感染増加で山形市への緊急事態宣言発令状態が延長された先の週末、約10年振りに映画『よみがえりのレシピ』を映画館のスクリーンで観た。山形の在来野菜とその種を人知れず守り栽培し続けて来た人々を描いたドキュメンタリー映画。2010年春、鶴岡に拠点を置いて映像制作を始めようとしていた渡辺智史監督と共に市民参加型の製作委員会を立ち上げて取材や撮影を進め、2011年10月の山形国際ドキュメンタリー映画祭で初公開した。私の初めてのプロデュース作品。

暗闇で映画の流れに身を任せていると、シーンに応じて様々な思いが湧き上がって来てまるで二重に映画を見ているような時間を味わっていた。

この作品を山形で製作していた時期、東日本大震災や福島で爆発事故が起った。私たちがそのことに大きな衝撃を受け、影響を受け続けたことは確かだが、この作品の中に東日本大震災に纏わる物事を盛り込むことはなかった。

完成から約1年後の2012年10月、『よみがえりのレシピ』は、スローフード山形など関係者の尽力で、イタリア・トリノで開かれたスローフードの世界的な食の祭典「サローネ・デルグスト」での国際上映が実現した。見本市には世界各国から出店があり毎年約18万人が参加する。食文化の多様性とその置かれている状況を実際に食べることで確認する場。巨大な会場の片隅に設けられたコーナーには30人ほどの多様な国籍の観客が集まり、熱心にスクリーンを見つめてくれた。

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日本の片田舎で作物の種を代々の自家採種で受け継ぎ、畑や山での厳しい農作業によって大切に育て、その地域や風土に根ざした独特の食文化を守っている人々。作業の合間、心底から湧いてくる笑顔。真摯な姿と言葉から、日々の暮らしや自然との関わりで全身で培って来た普段の哲学や生命感が伝わってくる。宝物のように守って来た作物とその価値に改めて光を当て現代(いま)に生かし直そうとする新しいネットワーク。この作品で捉えられているのは、大事なものを受け継ぎ生かしていこうとする人たちの関係性の「よみがえり」に他ならない。

上映後に登壇した渡辺監督と私は幾つかの質問を受け、最後に主催代表が、「君たちはこの世界にとって最も大切な事を描いてくれた。映画で初めて出会ったあの農民やお年寄りたちの偉大な仕事を我々に伝えてくれたことに心から感謝する。この映画は人が幸福でいるための方法に触れている」と言ってくれた。そして、彼らが大事にしている畑や作物は大丈夫なのか、と言葉は続いた。放射能汚染のことだ。

東日本大震災に伴う福島原発爆発事故から2年に満たない時期、同じ東北から届いた映画は、世界から集まって来た食文化の関係者たちに何を感じさせたのだろう。受け継がれるべき文化、見出された新たな価値。様々な営為を根底から侵してしまう事態が、この世の中ではしばしば起きてしまう。それを世界の人は知っていたし私たちも知っている。だからこそ大事なものを改めて見つけ出して記録したい。この作品はこの時、描かなかったことを経由して逆に、観てくれた人たちの中に強い印象を残したと感じた。
緊急事態宣言下で観た映画『よみがえりのレシピ』。自分にまた何か語りかけて来た。

そしてつい先日、ドキュメンタリー映画『えんとこの歌』を映画館のスクリーンで観た。

【山形 / 連載】映画の街に暮らす(12)最終回/ふたたび大事なもの

企画段階で事前にサンプルをモニターで見ていたのだが、映画館という共有された暗闇の中で出会う作品はまさに生き物、私たちの側で息遣いを晒していた。寝たきりの歌人 遠藤滋は伊勢監督の学生時代の友人。脳性マヒで寝たきりの生活を強いられながら、介助の若者たちと過ごす「えんとこ」での25年間に及ぶ記録。此処には介助する者・される者という分かりやすい構図を超えて、”ありのままのいのち”を生かし合いながら寄り合う生々しい姿がある。『えんとこ』(’99年)から20年を経た続編でもある。都内のマンションの狭い一室「えんとこ」(遠藤滋が居る処、縁のある処)から、生き抜くこと、世の在り様が伝わってくる傑作だ。

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上映後に、伊勢監督と細谷亮太さんの対談が行われた。細谷さんは、小児がん治療の最前線で子どもたちの「いのち」と向き合い続けてきた小児科医。伊勢監督は、『風のかたち−小児がんと仲間たちの10年−』(2009)、『大丈夫。』(2011)の2作品で細谷さんの現場と人生を描いた。

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伊勢監督(右)と細谷さん

この対談の冒頭で伊勢監督が言ったことが強く印象に残った。「自分で言うのもおかしいけど、いま、自分が作ったこの映画に凄く励まされているんだ」

映画が見つめた遠藤さんや若者たちの実存はもちろん、それを見つめ記録し伝えようと産まれた作品の存在自体が生々しく誰かを支える。困難と思われる状況の中、観客はもちろん作者本人が自分への贈り物として映画を感じている。

「自分が作った映画に励まされているんです」。なんだか、その事はとても自然に理解できた。
どこかの山や畑で黙々と種を育て微笑んでいた年寄りたち、「えんとこ」に寄り合いながら叫び笑っていた彼ら。自分の中で何かが重なり繋がる気がした。自分たちにとって何が困難で、何が大事なことなのだろう。それを問い返しながら与えられた現場を大切にしている人たちを見つめ映し出した映画。
図らずもふたつの作品が、自分がやるべきことや生き抜く感覚を一瞬、照らしてくれたような気がした。

当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなった。そんな今を挟んで、ふたつのドキュメンタリー作品の製作を進めている。さあ、どんな映画に出来るのだろう。今秋、完成予定。

ひとつは、映画『紅花の守人』。山形の在来作物である最上紅花。かつては豊かな富を生み出しながらも、安価な外国産の普及や太平洋戦争末期の作物栽培統制によって絶滅した筈の紅花は、戦後、僅かな種から奇跡的に蘇える。放っておけば廃たれてゆくもの。あえて今そこに寄り添う人たちとの出会い。山形、米沢、京都、大阪、奈良月ヶ瀬村へと撮影は続いていく。

もうひとつは、『丸八やらた漬 Komian』。山形国際ドキュメンタリー映画祭の開催の際に、映画関係者や観客の垣根を超えた交流の場として歴史的な役割を果たした「香味庵クラブ」。蔵の存在感と山形の食文化を伝えながら136数年の歴史を生き切ってこの街から姿を消した「丸八やらた漬」。見つめ直す試みとしての映画製作。

*『よみがえりのレシピ』

*『えんとこの歌』

*『紅花の守人』特報2

*『丸八やらた漬 Komian』特報2